4・夜は番犬、昼は高校生
「ふぁ……っ」
穏やかな昼前の頃。静かな教室でカツカツカツ、と黒板をチョークが走る。
そんな教室の中に、大きなあくびの音が響いた。それを聞いて何人もの生徒達──特に女子生徒が、チラチラと熱い視線を一点に集中させた。
「京夜、あくびぐらい我慢しな……また先生に怒られんで?」
「……ん」
「こーら、寝るなー」
光を吸収する黒い長髪に、赤い瞳。
保安局員である事を隠し、普通の学生として都立七ツ野高校に通う男子高校生、
しかしその健闘も虚しく、京夜はもぞもぞと背を丸め、腕を枕にして眠ろうとする。それを、後ろの席に座る
「ぐぅ……すぅ……」
「ああもう寝てはるし……もー、ちゃんと授業受けさせろって篤さんにも口酸っぱく言われとるのに」
だがその阻止も虚しく京夜は静かに寝息を立てる。それに気づいた累は、栗色の髪を揺らし、浅葱色の瞳を細めて項垂れた。
この流れはいつもの事。というか、ほぼ毎時間全ての授業でこんなやり取りをしている。
しかしそれも仕方のない事なのかもしれない。
何せ京夜は吸血鬼の亜人であり、弱点という程でもないが……一応日光が苦手だった。太陽が昇る日中なんかは、基本的に無気力になってしまうのである。
同じ保安局員の累は、それが彼が吸血鬼の亜人故と分かっているものの、事情を知らない周りからはダウナー系イケメンとして通っている。
それを知った累が何度、(本当に……国宝級の顔でよかったね、京夜…………)と考えるのを諦めた事か。
いわゆる、※ただしイケメンに限る。という事柄なのかもしれない。
「ではこの問いを──ってまたか周! お前いっつも俺の授業で寝やがって!!」
「やまちゃんせんせー、周はやまちゃんせんせーの授業以外でも寝てるよ」
「なおの事悪いわ!!」
どっ、と笑いが湧き上がる。一気に賑やかになった教室の中でも、京夜は平然と眠り続けていた。
「おい東雲、周を何とかしろ! お前、周の保護者だろう!」
「これでも最善は尽くしてるんですけどね……こればかりは仕方ないっていうかぁ……」
「何だ、バイトでもやってて寝不足なのか?」
「まぁそんなところですね」
「バイトにかまけて本業を疎かにするなって五分に一回のペースで周に言っとけ」
「分かりました」
(──言うても、無駄なんやけどなぁ)
授業担当の数学教師に釘を刺され、板挟み状態の累はため息と共に肩を竦めた。
♢♢♢♢
授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。四限目の授業だったので、昼休みに入った生徒達は席を立ち、思い思いに昼食をとりに行く。
生徒の多くが学食や購買を利用する本校にて、教室で昼食を食べるのは弁当勢か購買勢ぐらい。なおかつ、生徒達の憩いの場となるスペースが多いこの学校ではそちらで昼食を食べる生徒も散見される。
なので、教室で昼食を食べる生徒は疎らなのだ。
だが、この教室──二年三組の教室は、校内でも特に教室で昼食を食べる生徒が多い。それも、結構な早い者勝ちで席が埋まるような人気っぷり。
それは何故か。理由は簡単。
「キョーヤ、ルイ! ランチタイムなので茶をシバきましょうデス!!」
きゃああああああああっ! と廊下から黄色い歓声が聞こえて来たかと思えば、教室前の人集りの間を縫って、その男はやたらとハイテンションに現れた。
「元気やねぇ、アリスは。それにしても茶シバくて……もしかしてわざわざお茶買ってきたん?」
「イェース! 選ばれマスのは〜〜っ、午前の紅茶デース!」
「お茶やのうて紅茶なんかい」
累のゆるいツッコミにアリスは満足気に笑って、紅茶に喉を鳴らす。そして、「ニッポンのペットボトル飲み物、不思議デス」と午前の紅茶をじっと見つめはじめた。
京夜と累と同じ保安局員であるものの、アリスは二人より二つ程歳上であり、こちらの高校に編入したが運悪く別のクラスに配属された。
なので毎日昼休みになると、アリスはこうして京夜達の元を訪れるのだ。
「…………うるさ。もう昼?」
「オー、キョーヤおはようございマース!」
「おはよう、京夜。お昼ご飯食べよ」
七ツ野高校のイケメン三銃士と呼ばれる男達───周京夜、東雲累、アリスノア=ラ・ペシュ=アーサー。
目の保養になるイケメンを眺めながらの昼食は特に美味いと評判で、昼になると学校中の女子生徒がこの教室に押しかける。
京夜達三名は、毎日決まってこの教室で食事をする。何せ京夜がびくりとも動きたがらないものだから。
だからこそ、毎日昼頃になると仁義なき席取り競走が行われる。もう、この学校ではこれが日常風景の一部と化しているのである……。
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