7.釣り合い

「治さん」

「どうしたの」

 夕飯の後、焙じ茶を飲みながら、唐突に不安に襲われて、隣で寛ぐ治さんに声を掛けた。

「凄くね、下らなくてね、どうでも善いことなんだけど」最期にあの人が放った言葉。それがどうしてもまだ、こびりついている。「治さんは、どうやれば寂しくなくなる?」

「私が寂しそう、ということかい?」

『お前の孤独を埋めるものは、後にも先にも見つからない』

 聞きたくなかった。その場に居合わせたから仕方なかったけれども。私も治さんの空白は埋められない。あの時は、お茶を濁す程度には役立てると思っていたけど、それも。

「卯羅が居れば私は幸せだよ。一番の馴染みだ」

 そう云いながら、私を見ず、湯呑みに目線を落とす。

「誤魔化さないで」

「誤魔化してないさ」

 我儘なのはどっちかしら。深淵を覗く時、深淵もまた。どんなに深くっても善いのに。底にあるものが、得体の知れない、不気味な物だって。

「……確かに、君が考えるようなものは、永遠に埋められないかもしれない。でもね、それを超えて、君は私に尽くしてくれている。凡てを差し出してくれている。本当に初めてなんだ」

 どこまで信じて善いのだろう。「卯羅は知っている筈だよ、何が真実か。私がどういう男で、真偽を何処で醸し出すか」

 この涙はどうすれば善い?疑った事への罪悪感。手元に在った証明。

「何が有っても、君が一番の特別」

 空の指輪箱。指元で輝くそれ。

 目線を合わせられ、頭を撫でられる。

「君は自分を不相応と嘆くかもしれないが、それは間違いだよ。私がこれを贈ったのは、君しか居ないのだから。さ、泣くのはお止め。明日は休みだろう?何しようか?」

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