5.匂い

 太宰さんが担当した大口案件が片付き、漸く私も眠れる。寝台で眠るの何日ぶりだろう……森先生が打ち上げでもしようかと、宴会に誘ってくれたけど、疲れも山だし、遠慮した。上司は主賓だし酒飲みたいしで参加。

 クイーンサイズの寝台。一人で眠るには広すぎる。帰ってくる前に寝よう。寝返りを何度も打って。少しだけ香る、彼の残り香。いつもは彼が寝ている場所に身を転がしたら、なんとなく落ち着いて、すんなり眠りに落ちた。

 変な夢を見た。凡てが茶に褪色していた。たった一つの拠り所を探そうと、声を上げた。ただ反響するだけ。何処だろう。

 砂煙のような風に見慣れた外套が揺れている。居た、佳かった。駆け寄ろうとするけど、距離は縮まらない。待って、待って……「太宰さん!」

 振り向きもせずに、煙に巻かれたように消えた。やっと脚が動いた。けど彼は居ない。

「治さん……」

 砂を掬い上げても、無論彼が居るはずはなく。結局、私は一人?この世界で一人なの?

 ずしっと身体が沈んだ。その衝撃で跳ね起きた。

「痛ったい……!」顎をさすりながら文句を垂れる声。「痛いよ卯羅……頭突きで脳震盪?新しいじゃないか」

 じんわり涙が出てくる。悲しいんじゃなくて、安心、したのかな、居る、太宰さんが、居る。居て、私の、手を取って、抱きしめて、くれ……て……

「何泣いてるのさ。寂しかったの?子兎ちゃんは寂しがりやだからねぇ」

「だって、だって、何処か行っちゃうんだもん……」

 お酒の臭い。治さんの匂いが嗅ぎたくて、胸元で深呼吸。

「今日は君が甘えん坊かい?可愛い」

「何処にも行かないで?居て?」

「疲れているんだね、大丈夫。居るよ。こんな可愛い子兎を置いて逝くなんて」

 結局私は、太宰さんが風呂を出るまで、外套を抱き締めたり、掛布団にくるまったりして、寝付くことは無かった。

「待った?」出てきた彼は、襟衣と下着だけ。私は布団に潜り、行為を拒否する。「シないよ。私も接待でくたくた」

 笑いながら寝台に寝、空き地を叩きながら、おいで、と誘う。素直に従い、胸元に転がり込んで、二人で布団に潜り込む。ぎゅっと抱き締められ、沢山、口付けられる。

「今回も卯羅の支えが有ったから巧くいったよ」

「治さんの手腕でしょうに」

「卯羅はね、私が汲み得ない事を指摘してくれるから」

 そうなのかな。治さんがそう云うから、きっとそうなんでしょうね。「ところでさ。さっき、治さん、って呼んだね?」

「え、あ、だって……お家だから……」

「随分と滑らかに呼んでくれるから、嬉しくてね」

 今度は額に口付け。それから、顎で頭をすりすり。

「兎のね、匂い付けって、顎下の臭腺を擦り付けてするんだよ」

「じゃあ沢山しておかなきゃ。この瑠璃の兎ちゃんは私の」

 私も寝惚けながら、治さんにすりすり。

 貴方の匂いに包まれて、今日は安らかに眠れそう。

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