2章

1.

迫りくるマンドラゴラの大群を前に、リオンの心は既に折れそうだった。

ああ、せっかく村の者たちを救おうと勇気出して旅だったのに。竜を退治しようと一大決心をしたのに。

道を間違って、不思議の森なんかに迷い込んで、竜のもとへ辿りつけないまま魔物の餌になってしまうなんて。

やっぱり僕は駄目な奴なんだ。自分のちっぽけな決意なんか、何にもならないんだ、と。


「馬鹿野郎! ボサっとしてないで戦え! その剣は飾りか!?」


飛びかかって来たマンドラゴラをナイフでいなし、スケアクロウは怒鳴った。


リオンが棒立ちになっている間にも、マンドラゴラどもは次々と彼らに襲い掛かって来る。

ドロシーにも、容赦なく醜悪な触手が向けられる。


「きゃっ……!?」


魔法の詠唱中、無防備となったドロシーは触手に囚われてしまう。


「ああっ……ド、ドロシー……ドロシーを離せぇっ!」


ズバッ!!


リオンの剣が一閃。切断された触手が地面に散らばり、ドロシーは自由を取り戻す。

しかし、それも束の間のこと。マンドラゴラは絶命したわけではなく、すぐさま切られた触手を再生して、再び襲い掛かって来る。


「ひっ……き、効いてない? だ、だったもう一度!」


精一杯の一太刀も空しく、リオンの勇気は再び恐怖に塗り潰されそうになる。だが、触手の呪縛に再び捕らわれた幼馴染を救うため、彼は奮起する。

大上段に剣を構え直し、尚もドロシーを苛む触手に向かって振り下ろそうとするが……


「……んあっ……。」

「!?」


ドロシーが唐突に発した艶っぽい声に、リオンは思わず固まってしまう。


うぞ、うぞ、うぞ……

マンドラゴラの触手がドロシーのローブの下へと侵入し、起伏の少ない肢体を舐めるように這い回る。

腕と足を絞め上げらているドロシーは、抵抗らしい抵抗もできずに懸命に身をよじるばかりだ。

その仕草がリオンの目には余計に悩ましく映る。彼は剣を振るのも忘れて、幼馴染の未だかつて見たことのない姿に見入ってしまう。


「んっ……ふっ……あっ……」


マンドラゴラの触手は無遠慮にドロシーの服をまさぐり続け、彼女の声はだんだんと熱を帯びてくる。

幼い頃から知っているはずの彼女の、初めて見る姿――奥手ゆえに未だ異性を知らないリオンは、もはや戦うどころか恐怖すらも忘れかけていた。


「楽しんでる場合か、このアホお坊ちゃん!!」


不意に後頭部に衝撃を覚え、リオンはようやく正気に引き戻された。振り返ると、体中に触手を絡みつかせたスケアクロウが青筋を立ててこちらを睨んでいる。


首筋を何かに触れられ、背筋に悪寒が走る。どうも頭が重いと思ったら、スケアクロウが投げたであろうマンドラゴラが頭上で触手をうねらせている。

リオンは慌ててマンドラゴラを振り払うと、ドロシーを拘束している触手の本体に剣を突き立てる。


ドロシーは力なくその場にへたり込む。

リオンはドロシーに手を差し伸べようとして、ドキリとする。服は乱れ、じっとりと汗ばんだ肌。頬はうっすらと紅潮していて、吐息が荒い。

あの醜い触手はこれに触れたというのか。自分は手を握るのも恥ずかしくなって久しいというのに。などとつい本音が口をついて出そうになるのを堪える。


「……ずいぶんと助けるの遅かったわね……さ、早く加勢しないと、今度はナイフが飛んでくるかもよ。」


ドロシーにジト目を向けられ、リオンはそそくさとスケアクロウの加勢に向かった。


服の乱れを正し、呼吸を整えると、ドロシーは懐からある物を取り出した。精巧な装飾が施された石座にはめ込まれた、小さな宝石。

旅立ちの時、お婆ちゃんに授けられたタリスマンだ。

彼女はタリスマンを握りしめ、小さく「お婆ちゃん、私たちを守って」とつぶやくと、その手を大きく掲げる。


ドロシーの詠唱に呼応し、タリスマンが一瞬だけ強く光を放つ。

すると、首を失い絶命したかと思われたブリガンドの体が、自らを拘束していたマンドラゴラの触手を引きちぎったではないか。

ブリガンドは何事もなかったかのようにドロシーの前に立ち、再び襲い来るマンドラゴラに剣を突き立て、真っ二つに斬り裂く。


「へぇ、そいつ不死身かよ?」

「ブリガンはお婆ちゃんからもらったタリスマンで操っている、ゴーレムだからね。」


ドロシーは感心するスケアクロウに得意げに答えてみせる。


「触手をいくら切っても再生するわ! 本体を攻撃するのよ!」


マンドラゴラの弱点も、お婆ちゃん譲りの知識だ。

ドロシーの言葉に従い、リオンたちは次々とマンドラゴラを倒していく。

閃くリオンの剣とスケアクロウのナイフ。ブリガンの豪快な一撃が薙ぎ払う。


――火を司るサラマンドラよ 汝の加護を願う…… 燃ゆる吐息を束ね、矢となりて射貫け! 火弩<ファイアボルト>!――


ドロシーの詠唱が終わると、その手に持った杖の先から火の粉が舞い散った。

火の粉は尾を引き、一筋の長い針のように細く収束すると、矢のように飛翔しマンドラゴラの群れに突き刺さる。

哀れにも火の矢に貫かれたマンドラゴラは燃え上がり、そこを中心に何匹かに渡り引火し延焼する。

ドロシーは間髪入れずに数本の火の矢を形成し、攻撃を続ける。墨と化し、ただの木切れの燃え滓と見分けのつかなくなったマンドラゴラの死骸がみるみる増えていく。


あれほどいたマンドラゴラの群れは、もはや両手で数えるほどになっていた。

やれる。この調子なら勝てる。もう少しがんばれば、座り込んで休むことができる。

リオンの瞳に、希望の光が戻りかけた。


「よぉし、みんな! このまま一気に……」


だが、それはすぐに絶望の闇に再び飲まれることとなる。


ズズズズズズズ……!!


突然、地鳴りと共に地面が掘り返され、マンドラゴラの触手の数倍はあろうかという太く、長大な蠢く何かが現れる。


「ま、まさか、これはドラゴン……!?」

「違うわ!こいつはドラゴンじゃない!」


リオンは、かつて彼の村を襲った竜の首を思い出すが、ドロシーはすぐにそれを否定する。


九頭の水蛇<ヒュドラ>のように、うねうねと蠢くそれを辿っていくと、一つの巨大な塊に行き当たる。

その塊の中心には、熊でも一飲みにできそうな大口。その周辺には無数の小さな口がパクパクと物欲しそうに開閉を繰り返している。


「マンドラゴラのボス……? ……も、もう無理だ、限界だよ。こんなの相手にできないよ……」

「諦めるんじゃないの、リオン……私たちがこんな所で全滅したら、村はどうなるのよ……」


弱音を吐くリオンを叱咤するドロシーだが、その声に覇気はない。

何とか火弩<ファイアボルト>の呪文を詠唱しようとしても、度重なる古代語魔法の使用は彼女の精神を限界まで消耗させていた。


リオンは残された力を振り絞り、ボスマンドラゴラに剣を振り下ろす。


キィイイイーーーン!


「うわっ…!?」


振り下ろした剣は弱弱しく、リオンの剣はいとも簡単にボスマンドラゴラに弾かれてしまう。

このマンドラゴラ、今までの小ぶりの個体とは訳が違う。その表皮は植物のそれではない。プレートメイルよりも固く、仮に破城槌で突いたとして傷をつけられるかどうかも疑わしい。

ましてや疲れ切ったリオンの剣では、ダメージを与えられようもない。


隙を突かれ、手下のマンドラゴラの触手が左右から襲い、リオンの胴体が絡め取られてしまう。


「リオン!……きゃっ!?」

「くそっ、離しやがれっ!」


ドロシーとスケアクロウ、ブリガンドも触手に巻き付かれ動きを封じられてしまう。


消耗しきった今の体力では、もはや振りほどくことは難しい。ドロシーの魔力が尽きた今、ブリガンドも力を発揮しきれずにいる。

この森に迷い込んでからというもの、動物の気配を感じたことはなく狩りもままならなかった。携帯していた保存食も底をつき、昨日から何も腹に入れていない。

リオンたちはもう限界だった。とてもこんな化け物を相手にできる体力など残っているはずもない。

今度こそ本当に絶体絶命だ。


ボスマンドラゴラの地獄の窯のような大口が開き、醜悪な舌がぬめぬめと粘液を滴らせ迫って来る。粘液は糸を引いて滴り落ち、地面がシュウシュウと煙を上げながら溶けている。

このまま、奴らの養分になるしかないのか。


「……ごめんよ、村のみんな……」


リオンは目を閉じ、村のみんなが辿る運命を思う。

その時、


――シュパン!!


空気を切るような音が耳元で鳴り、リオンを戒めていた触手の感覚が急に失われた。

驚いて思わず目を開けると、絡みつていた触手は既になく、代わりに鎧や衣服にはベットリとマンドラゴラの体液が付着している。

地面を見ると、バラバラになったマンドラゴラの欠片が散乱している。


リオンは目を見張る。マンドラゴラの欠片の、その見事な切り口に。

ふと背後に気配を感じ、振り返る。


「!!?……えっ、誰……?」


人影が見えた気がした。それも自分より頭一つ以上は小さいだろうか。子供のようにも見えた。

しかし、それは一瞬のことで、まばたきの間にそこに元から何も無かったように消えていた。


またも空気を切る音が聴こえる。


シュパパパパパパパッ!!


「ギャァアアアアアアアアーーーーーッ!!」


次いで凄まじい絶叫が響き渡り、森の淀んだ空気を震わせる。耳を塞いでいないと、鼓膜どころか脳までもが掻き混ぜられそうな轟音だ。

その絶叫がピタリと止み、ボスマンドラゴラは石化したかのように微動だにしなくなった。獲物を求めるようにパクパクと開閉していた無数の口も、だらんと開け放たれたまま動かない。

頭上を覆う木々からひらひらと落ち葉が舞う。落ち葉が動かなくなった巨大な塊の上に停まると、それは小ぶりのマンドラゴラよりもさらに細かい幾つもの破片になって崩れ落ちた。


いったい何が起こったのか。眼前の異様な光景は、リオンたちの理解を超えていた。

しかし、やっかいなボスマンドラゴラを倒せた。理由はわからないが、今はそんなことを考えている暇はない。

小ぶりのマンドラゴラはまだ十匹程度残っている。

奴らは食欲の本能だけで動いている。他の個体がどれだけ死のうが獲物への攻撃の手を緩めることはない。


怖いけれども、守らなければ。リオンは魔力の尽きた幼馴染ににじり寄るマンドラゴラに、気力を振り絞って突進する。

剣を振り下ろそうとするが、その一太刀は放たれる前に別の個体の触手によって阻まれてしまった。


「しまった、油断した……!」

「リオン! ……きゃぁっ!?」


リオンとドロシーはまたも触手の拘束を受けてします。


「お前ら、何してやが……うおっ!?」


スケアクロウも二人に気を取られた隙を突かれ、相手をしていたマンドラゴラに絡みつかれてしまう。


疲労のピークをとうに過ぎた三人は、もはやマンドラゴラの一匹を仕留める体力も残っていない。

せっかくの好機だが遅すぎた。リオンをかろうじて戦わせていたなけなしの勇気も恐怖に塗り替えられる寸前だ。

だが、次の瞬間彼は恐怖よりも驚愕に目を見開くことになる。


スッ、と音もなく、先ほどの気配がリオンの傍らに降り立つ。

彼の鼻を何かがくすぐる。髪の毛――サラリと長い金髪が彼の鼻先を掠めたのだ。

同時に、空気を切る音が聴こえ、彼を拘束していたマンドラゴラが四散する。


マンドラゴラを倒したのは、一人の小柄な少女――


長い金髪をなびかせ、メイド服を着た少女。幼い顔立ちに、肌は温度を感じさせない程に青白く、どことなく人形のような印象を与える。

こんな深い森の中にメイドがいるなんて、場違いも甚だしい。

このメイドは何者なのか。リオンは疑問に思うが、それよりも驚いたのは、彼女の右手に握られた、長大な剣。ドロシーと同じか、それよりも小さい彼女が持つには、あまりに大きく重そうだ。

いや、そもそも剣と呼ぶべきなのか。切っ先は平たく、ブロードソードの三倍は幅広の片刃のそれは、見るからに斬ることに特化した作りだ。

他にも、それと同じような剣らしきものを、何本も背負っている。


異様な光景だった。

こんな少女が……こんなにも長い大剣を片手で軽々と持ち上げているのもあり得ないが、マンドラゴラを斬ったその太刀筋は、リオンの英雄と謳われた父直伝の剣よりも遥かに、鋭い。


メイドはまたも無骨な剣を翻し、瞬時に姿を消す。

空気を切る音とともに、リオンの頬を風が掠めた。


――シュパン!!――シュパン!!


今度は別の角度から聴こえてきた。

振り返ると、ドロシー、スケアクロウ、ブリガンドを捕らえていたマンドラゴラたちが、ひとりでに解体される。

あのメイドなのか。姿は見えないが、あのメイドの少女が長大な剣を振るい、目にも留まらぬ速さで魔物どもを切り刻んだとでもいうのか。


何度目かの風を切る音を耳にした時、既に動ける魔物は残っていなかった。数瞬もしないうちに、マンドラゴラたちは全て倒されてしまった。

あとに残るのは、拳よりも小さく刻まれた魔物の残骸ばかり。

ようやくその姿を目にすることができたメイドはというと、呼吸一つ乱さずに、その残骸を静かに見つめている。そして、どこから持ってきたのか彼女の身の丈程もあるリュックに詰め込み始める。


リオンたちはその場にへたり込む。遂に立ち上がるだけの体力すらも尽きてしまったようだ。

余りの空腹と疲労で動けない。この得体の知れない少女に襲われでもしたら、太刀打ちなどできないだろう。いや、先程見せつけられた力量からいって、例え万全の体調だったとしても、勝てる見込みは薄いのだが……

ドロシーとスケアクロウも、こちらには一瞥もくれずに作業を続ける少女を絶望の眼差しで眺めている。こんな所にいる女……自分たちのような遭難者でなければ、『夢魔<サキュバス>』か『吸血鬼<ヴァンパイア>』の類でなければありえない。自分たちはきっと少女の餌食になるのだろう。


リオンは意識がぼんやりと霞む中で思った。村のみんなには申し訳ないが、幼馴染や友達とこのまま一緒に逝けるなら悪くないかな、と。

どうやら、限界を超えた空腹のせいで、恐怖まで麻痺してしまったらしい……



2.

リオンはまどろみの中で、懐かしい姿を見た。

とんとんと、包丁で食材を切る音が聴こえる。台所に向かう母の後ろ姿が見える。

母はいつも、屋敷の数少ない使用人たちが止めるのも聞かず、よく自ら料理の腕を振るってくれた。


腹の虫が盛大に鳴く。そういえば、とても腹が空いている。なぜか昨日から何も食べていないような気がする。今日の夕飯は何だろう……?


包丁の心地よいリズム。いつもの食卓。父のお小言。何かとてつもなく恐ろしい目に遭った気もするが、あれは夢だったのだろう。

明日もいつものように、父の厳しい訓練を抜け出して、村の畑仕事を手伝って汗を流し、ドロシーの店に寄って……

他愛もない日常を繰り替えし、いつかは父の跡を継ぎ、ドロシーを妻に迎えてパンテーラを支えていくのだろう。これがリオンの幸せだ。


……いや、何か違和感を感じる。

リオンはまどろみから抜け出そうと、思考を巡らせる。

何かがおかしいぞ。どうして母がここにいるのか。少し背も低い気がする。あれは本当に母なのだろうか? それ以前に、母は十歳を迎える前に病死したはずだ。

では、あの姿は誰だ?


次第に、意識がはっきりとしてきた。


「ハッ!?……えっ?」


リオンの意識は現実に戻り、声を上げて飛び起きた。


「良かった。目を覚ましたのね。」


驚きながらも安堵するドロシー。

スケアクロウは相変わらずのムスッとした表情で、ある一点に視線を向けている。それを辿ってみると、あのメイドの姿が。

まどろみの中でリオンが見た後ろ姿は、母のものではなくあの不思議なメイド服の少女だった。


少女は、あの長大な剣から今度は普通の包丁に持ち替えて、何かを刻んでいるようだ。


「あのコ……料理をしているのか?」

「みてぇだな」


リオンの疑問にスケアクロウはひきつった顔で応える。

彼が微妙な表情を浮かべているのも、それもそのはず。少女の傍らに置かれている食材を目にしたリオンは驚愕した。あの時、彼女の戦闘能力を見せつけられた時とは別の意味で。

少女はマンドラゴラの肉片を刻んでいたのだ。


「あれって、まさか……?」

「ええ、あのコ、私たちにアレをご馳走してくれるみたい……」


ドロシーは少々瞳を潤ませながら苦笑いする。


少女は訝しむリオンたちには関心を見せず、黙々と作業を続ける。

マンドラゴラの肉片をひとしきり切り終わると、今度はリュックから手のひらに納まる大きさの球根のようなもを取り出す。

その皮を向き、細かく刻んでいく。鼻孔を刺激する独特な香りが漂ってくる。にんにくの匂いだ。

細かく刻まれたにんにくを、彼女は傍らの焚火で熱していた大鍋に放り込む。じゅわっ、と油の跳ねる景気の良い音がする。

少女は手際よく鍋を振ると、生のにんにくの刺激の強い香りが和らぎ、芳ばしく変化していく。空きっ腹を耐えるには酷な香りである。

次いで鍋の中に細長い物体が放り込まれる。あれはさっきまで散々自分たちを縛り上げた触手だろうか。あれを食べさせられるのかと思うと身震いせずにはいられないが、香りは何やら悪くない。

そして、おそらく本体であろう部分を切り分けたものも加えられ、豪快に鍋を振り出す。さっきまで醜悪な口から不快な音を醸していたアレだ。とても口に入れる気にはなれないが、炒める音と香りだけなら美味しそうに思えるのが悔しい。

少女がリュックから瓶を取り出すと、皆の喉がゴクリと鳴る。腹も減っているが、喉だってカラカラだ。少女は瓶の中の水を鍋に注いでいるが、そんなことで水を無駄にせずそのまま飲ませて欲しかった。

鍋が煮えてくると、辺りが得も言われぬ芳醇な香りで満たされる。



【マンドラゴラのポトフ】

・材料(4人分)

マンドラゴラの実:1/2匹分

マンドラゴラの触手:1/3匹分

マンドラゴラの葉:1/3匹分

にんにく:1/2片

水:800ml

塩・胡椒:少々


[1]マンドラゴラの皮を向き、実を一口大に乱切りにする。触手はみじん切り、葉はざく切りにする。

[2]鍋に油を熱し、にんにくを入れ香りが出るまで温める。

[3]触手を飴色になるまで炒める。

[4]実を入れ、混ぜながら炒める。

[5]実に油が馴染んだら、水を入れて弱火で煮込む。

  本来ならたくさんの種類の野菜やコンソメを入れたい所だが、場所が場所なだけに今回は割愛。

  マンドラゴラだけでも十分出汁は出る。

[6]実が柔らかくなったら、葉を散らし、塩・胡椒で味を調えてさっと煮る。

※マンドラゴラは成長すると通常の6倍くらいまで大きくなりますが、そこまでなると大味で美味しくありません。

 50~60cmくらいの個体を使うことをお勧めします。



少女は無言のまま、出来上がった料理――と呼んで良いものか……――を盛った皿をリオンたちの前に並べていく。


極限に腹が空いた今、ご馳走をしてくれるのはありがたい。

ありがたいが、食材はこともあろうに、ついさっきまで戦っていた魔物だ。

そんなものを食べて大丈夫なのだろうか。いや、それ以前に異形の者の肉を口に入れる気にはならない。

リオンはマンドラゴラにかぶりつく自分を想像して、少々の吐き気を覚える。


ぎゅるるるるるるるる……


だが、腹の虫は正直だった。

匂いだけなら、これがマンドラゴラだったとは思えない。

不覚にも食欲がそそられてしまった。リオンは慌てて口の端から垂れて来た涎を拭う。

今のみっともない姿をドロシーに見られていまいかと心配になったが、横目で彼女を見ると、やはり口を半開きにして、その目は物欲しそうにしているように見える。


皿の中のスープは澄んでいて、うっすらと黄色い。

一口サイズに食べやすく切り分けられたマンドラゴラは良く煮込まれていて、とても柔らかそうだ。

空腹に負けてしまったリオンの体は、意思と反して勝手にそのスープに手を付ける。


「リ、リオン!?」

「おい、いくのか!? 食うのかそれを!?」


ドロシーとスケアクロウが恐怖に凍った表情で見守る中、リオンはスープを一匙、口に含んだ。

その瞬間、乾いた舌を優しい味が包み込む。


「う……美味いっ! スープにマンドラゴラの出汁が溶け出してる……マンドラゴラって、こんなにコクがあるのか……この風味はまるで野菜だよ。ううん、今まで食べたどんな野菜よりも美味い! 飴色に炒めた触手が香ばしくて、実は柔らかくて……葉はシャキシャキで食感が楽しい!」


リオンは頬を紅潮させながら、夢中でスープを掻き込む。

その幸せそうな表情に、ドロシーとスケアクロウはゴクリと生唾を飲み込む。遂に食欲に負け、スープをひとすくい口に含んでみる。


「う、うめぇ!」

「本当、おいしい……マンドラゴラの実が甘くて、とろけるよう……!」


二人もひと口でマンドラゴラの味の虜になった。

空腹も相まって、一心不乱にスプーンを動かす。一匙口に運ぶたび、滋養が身体の隅々にまで染み込むようだ。


そういえば、ドロシーはお婆ちゃんから聞いたことがあった。

マンドラゴラは恐ろしい魔物だが、その身体は栄養が豊富で滋養強壮の効果がある他、万病に効く薬にもなると。

ただし、先ほど自らの身を以て体験した通り、入手が非常に困難であるので、市場に出回ることはほとんどない。


「ふぅ………」


リオンたちはあっという間に料理をたいらげ、深くため息をつく。

たったの一杯で、身体に溢れんばかりに活力が湧いてくる。限界を超えていた疲労もどこかへ吹っ飛んでしまった。


「へへっ、お替りまであるじゃねぇか」


すっかり精気を取り戻したスケアクロウは、意地汚く鍋の中を覗き込む。


「ああ、きっとブリガンの分だよ。あのメイドさん、ブリガンも人間だと思って作ってくれたんだね。って、ずるいよクロウ! 僕もお替り欲しいよ!」


リオンも空の皿を持ち、鍋に飛びつくかのように駆け寄る。


「何やってんのよ、二人とも……そ、そうだわ! あのコにお礼を言わないと」


ドロシーはハッとして、みっともなくお替りを取り合う男二人を他所に辺りを見回す。

しかし、少女の姿はどこにも見当たらない。焚火にかけられた鍋のみを残し、あの大きなリュックも消えている。

散乱していたマンドラゴラの欠片は綺麗さっぱりなくなっている。


「あの女、いったい何者だったんだ……ん?」


スケアクロウが腕を組みメイドの正体について考えていると、地面に何かが点々と落ちているの見つける。


「こいつは……?」


それは、マンドラゴラの皮だった。

先程、メイドが捌いたマンドラゴラの皮が、小さく千切られて一直線に置かれている。

スケアクロウはそれを辿ってみる。


「クロウ? どこ行くんだい!?」

「ちょっと、勝手な行動は……!」


リオンとドロシーは訳も分からず彼を追いかける。

しばらく走ると、辺りはだんだんと明るくなっていった。向こうの方に何やら光が差しているようだ。五日ぶりに見る光だ。


「森を抜けるぞ!」


スケアクロウが叫ぶ。その声は珍しく歓喜の感情がこもっている。


「あのコが導いてくれたのかしら!」


ドロシーの声も明るい。

さらに走ると、急に森が途切れ、目の前に切り立った崖が姿を現した。


「『あぎと谷』だ……よ、よかったぁ~、あの森は『うさぎ森』だったんだ……僕はてっきり、おとぎ話のDown the Rabbit holeに遭ったんじゃないかと……」


リオンはその場にへたり込み、安堵の余り大粒の涙を流す。

情けない騎士様の姿に、スケアクロウはやれやれと肩をすくめる。


(ともあれ、何とか森を抜けられたか。俺の目的の物に一歩近づいたわけだ……)


スケアクロウは谷の先に見える、ひと際高い山を睨む。

リオンの肩をぽんぽんと叩いて宥めるドロシーは、その鋭い視線に気付いていた。

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