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上等だ。何があったのかは知らないが、この怒りをぶつけさせてくれるというなら遠慮なくお言葉に甘えてやる。向こうが来いというのならエレベーターの資格云々も関係ないだろう。俺はエレベーターに乗り込み、上の階へ進んだ。そこには今までモニターに映し出されていた人物がいた。
「やあ。やあやあいやはや。待ってたよ。お疲れ様です主人公君。」
「もう沢山だ。さっさと俺たちを解放してくれ」
「まあまあ。いよいよ佳境じゃないか。折角やっとこさラスボスと主人公が対面したんだ。仲良くしようじゃないか」
俺はこの狂人目掛けて駆け出し、渾身の力で拳を振るう。が、あっさりと躱されてしまい拳は空をきり、そのまま地面につっこんだ。そんな俺を意に介すこともなくこの狂人は続ける。
「チアキちゃんから聞いたかな?今回の我々の試み――命の危険に晒された状況下で、問題を解決し精神的な成長を遂げる主人公と言う存在を人工的に作り上げる計画――の対象はハルト君だった」
「内気で、臆病な少年がある日突然非日常に巻き込まれる。襲い掛かる幾多の試練。大切な仲間の死を乗り越えて、彼は勇気と守りたいものを得る。こんな具合のシナリオでね」
「彼の素性は良い具合の塩梅だった。イジメを受けている不登校児とかだと直ぐに心が折れてしまったり、イジメの主犯をこちらで殺してみせた所で精神的成長に繋がらなかったり」
「ところが現実と言うものは決まって…入念に練った計画であればあるほど不測の事態がつきものだ。今回の場合はジュン君、君の存在だ」
「本来、我々の計画は君を除いた4人を対象としたものだった…というか、元々君の所属するD班は4人だったはずなんだ…ところがだ。いざ計画を実行にうつした段階でD班は5人。拉致してきた人数も5人。事前に綿密に調査とあらゆる想定を行ったのに、だ」
「お前らが重度の間抜けか極度の数字音痴かって話だろ」
こちらの悪態を意に介さずに男は続ける。
「こんな事態は初めてだった…。おかしな点はまだある。実はこの試験、今まで無事にこの施設を脱出できたグループは今の所ゼロだ。君のグループも例に漏れずクリアは不可能だとの想定だった」
「どんなに才気溢れる若者でも、一発勝負の自らの命が賭けられた状態で100%のパフォーマンスを発揮することは至難の業だ。そして、我々が欲しているのはそういった極限の状況を打破し得る人材だ。今回の試験をあっさりクリアしてみせた君は、実は常に死と隣り合わせな日常を生きていたりするのかな?」
「…」
それは自分でも驚いている。というか、少し都合が良すぎたり、運が良いというか、自分の能力だけではない何かが味方している…そんな気がしていた。
「これらの事実と、仮にもここで試験という名の数多の物語を作り、観測してきた私の経験からある二つの推論を導き出した。一つ目は、この我々が用意した舞台から主役を産み出そうという試みの物語の消費のされ方に何か変化が起こったのではないかと。例えば小説からゲームのように」
「そして二つ目が、正に今存在する君は、その変化の副産物として生まれた…我々の属する次元より高次の存在がこの物語に干渉する手段としての、依り代のようなものなのではないか、というものだ」
「世界五分前仮説というものがあるだろう。我々も、その記憶も、そしてこの世界も、つい5分前に作られたとしても、それを否定する事は可能なのだろうか?という思考実験だ。当然、この思考実験は直観に反するものであり、否定はしきれないというだけで本気で信じる者はいない」
「しかしね…我々の、人間の脳というものは、それくらいの機能は備えているものだと私は思っている。たった一個人の観測可能な範囲なら、ある程度の時間を含んだ世界、それくらいのものは作り上げられる、と」
「君は操作可能なプレイヤーとしてつい数日前…或いは君たちがあの部屋で目を覚ました瞬間からこの世に存在し始めて…そして君の存在が元からあったかのように世界が書き換えられた。そして今この瞬間も、君を通してこの物語を体験している存在がいる。今の所の我々の結論はこうだ」
「恐ろしくてたまらないよ。君の背後に居る存在は、いとも簡単に我々を、我々の物語の価値を決定付ける事が出来る。神ともとれる存在から、直々に己の生の価値そのものを審判されるのだからね。しかしどうだ。それなら話はよりシンプルじゃないか。とうとう現れたのだから。我々がどうにか取り繕った模造品ではなく、正真正銘の主人公が現にこうして」
「さっきから…」
さっきからこいつは何を言っているんだ?話している内容は日本語だが、情報だけが認識を上滑りし、意味がわからない。
「となるとだ。この物語を主人公である君に委ねる事。それはこちらとしても歓迎するばかりなのだが…ここで一つ懸念が生まれる。果たして君がこの物語をエンディングまでクリアしてくれたとして、その後君はどうなってしまうのだろう?」
「君がこの物語の為に作られた存在だとしたら、君はこの物語が終わった後にも存在し続けていられるのだろうか?この物語を全うし、存在理由が消滅してしまったら、君はこの世界から消滅するのが自然な成り行きなのでは?」
「そうなってしまうと我々としても非常に困る。この世界に主人公を作り上げるという、元々の我々の悲願は結局達成されないままだ。困るのだが…先ほどの仮説が正しい場合、君が存在した時点で我々の失敗、もとい敗北は殆ど確定してしまっているということも事実だ」
「まあ、なんだ。失敗は我々としては慣れている。だからこれは未練がましい愚痴のようなものだと思って貰えば良い。今話したことが、今の目の前の君に理解出来るとも思っていないしね。だから今回の事は貴重なサンプルとして受け止めて、ひとまず終幕を引くとしよう。元より途中で投げ出すなんてことは出来ないからね」
「さあ。最後の選択だ。これを受け取りたまえ」
何か黒い工具のようなものを手渡される。これは…
「そう。拳銃だ。球が一発だけ装填されている」
「そいつで私を撃ち抜きなさい。それで晴れて終幕だ。犠牲を糧に、物語を糧にして、君と言う存在は完成されるのだ」
俺は
そいつに向かって引鉄を引く
そいつに向かって引鉄を引かない
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