第16話 ミク、ジムカーナを体験する①

声をかけてきた少年は年齢にして‥14、中学生くらいでしょうか。月都さんをにいちゃんと呼ぶということは結構仲が良い関係っぽいです。ちなみにアンドロイドに年齢はないので、外見が子供でも運転免許の証明書がインストールされていれば車を運転できます。


「レン、最近走りに来ないけどどうしたんだよ。連絡もしないで心配したんだぞ。」


「ごめんー、リンと一緒にメンテナンスだったんだ。お父さんが心配性だから困るんだよねー。」


あ、レンさんと言う方もボーカロイドですね。「お父さん」はご主人様の事でしょうか。というか走りに来ないって、もしかして‥


「あ、ごめん、ミク。このガキンチョは鏡音レン。ウチのチームに所属してるよ。あともう1人双子の妹がいるんだけど‥。今日は一緒じゃないの?」


「ガキンチョ言うな。車だって乗れるんだ。大人も同然!リンはあそこだよ。」


レンさんと言う方がジムカーナのコースを指差しました。そこで走っている青い車は‥うわ、うまい!コーンの間を綺麗に、最短距離で走っています。おお、サイドターンもバッチリです。魅入っていると青い車は走り終え、車からリンさん?でしたか、降りて来ました。


「あー!おにいちゃん、なんでここにいるの?!会いに来てくれたんだ!嬉しいー!」


走ってきて月都さんに抱きつきました。‥なんですかこの人、月都さんに馴れ馴れしい。ぷんすか。


「あれ?おにいちゃん、だれー?この人ー。」


月都さんの腕に捕まりながらつっけんどんに言うこの方は中々に失礼ですね。どうやら月都さんの事が大好きみたいですね。ここは大人の対応といきましょう。


「はじめまして。月都さんと一緒に暮らしているボーカロイドの初音ミクと申します。よろしくお願いします。」


ふっ、テンプレ通りの挨拶に加え、「一緒に暮らしている」を付け加えました。我ながらいやらしいです。


「!?‥一緒に暮らしてるって、もしかして‥おにいちゃんがご主人様?!」


ふふ、動揺しています。可愛いですね。


「お、おう。家の事とかしてくれてとても助かってるんだ。あと、最近ウチのチームに入ったんだよな、ミク。」


「はい。月都さんに車を買ってもらって。」


リンさんはぐぬぬ‥と、顔を真っ赤にしています。少しやり過ぎたでしょうか。


「‥ふん、私はおにいちゃんと一緒にお風呂入った事あるもんね。」


!?

なんですって!

一瞬にして頭に血が上ったのが分かりました。


「どう言う事ですか月都さん!こんな子供とお風呂入るなんて、変態さんですか!?」


月都さんを問い詰める私。真偽を確かめます!


「まてまてー!お前らストップ!ミクは落ち着いて、リンは煽らない!」


月都さんが私とリンさんをなだめます。その間、泣きそうになりながらオロオロしているレンさん。少し可哀想です。私、少し落ち着きましょう、ふー。


「ほら、お互い謝る。ほら。」


いやいや謝る私とリンさん。


「お風呂って、チームで合宿した時にリンが男湯に間違って入ってたんだろ。先に入ってたのが俺とレンだけだから良かったけどさ。」


そうそう、と頷くレンさん。

なんだ、そういうことですか。少し慌ててしまいました。


落ち着いてよく見てみると、レンさん、リンさんは双子と言っていましたが、本当に良く似ています。2人ともボーカロイドみたいですね。ショートカットの髪型でとても活発そうな感じです。そんなリンさんが月都さんの腕に捕まりながら言います。


「おにいちゃん、今日は練習しにきたの?」


「ミクに走ってもらいたかったんだけど、混んでるから見るだけにしようかなって‥。あ、そうだ!リン、ミクを横に乗せて走ってもらえないかな。同乗の手続きはしとくからさ。」


え、リンさんの横に乗るんですか。うーん、正直気が乗りませんが、それよりジムカーナを同乗でもいいので体験したい方が優ってます。頼もうとしたその時。


「えー、どうしてもって言うならいいけど。」


くっ。‥まあ相手は子供ですから。


「リンさん、よろしくお願いします。」


その時、リンさんの顔がニヤリ、としたのを私は見逃していたのでした。



ヘルメットを渡され、リンさんの車、トヨタ86に乗り込みます。レンさんは兄弟車のスバルBR-Zに乗っているそうです。4点シートベルトの付け方が分からずオロオロしているとリンさん手伝ってくれました。


「ここをこうやって‥こう。大丈夫?」


「は、はい。ありがとうございます。」


あれ?リンさん、先程とは様子が違い落ち着いています。走る前だからでしょうか、集中しているように感じます。スタート地点まで徐行で向かい、列に並びます。


「ミクさん、車は何に乗ってるの?」


順番を待ちながらリンさんが訪ねてきました。月都さんに買ってもらった、と言うのが尾を引いているのでしょうか。


「マーチに乗っています。K12型のマーチです。」


「そうなんだ、SR?」


K12型のマーチにはスポーツグレードのSRがあるのですが、私のマーチはノーマルグレードです。


「SRじゃないんです。実は一目惚れの様な感じだったので‥。」


「いい車よね、マーチ。馬力は無いけど縦横比は素晴らしいし、パーツも豊富。割とジムカーナでも走ってる人いますよ。」


そ、そうなのですか。マーチってお買い物車のイメージが強いのでサーキットやジムカーナにはいなさそうと思っていたのですが。


ここ、ジムカーナ場には軽自動車やノーマルの車、ファミリーカーも走っていることや、安全運転の講習をやっていたりなど、多様な目的で使われていることを教えてもらいました。


リンさんと話が盛り上がっていると、あっという間に順番が回ってきました。あれ?リンさん、実はいい人‥?

フラッグが振られる瞬間、エンジンの高回転域をキープしながらサイドブレーキを下ろし、リンさんが一言。


「ごめんねっ☆」


とても良い笑顔でエンジン全開、Gを感じながらスタートしました。こ、こんな短いストレートで3速まで入り一つ目のコーンが見えた瞬間、86が真横を向きながら2速にシフトダウンして旋回します。


「うわわ‥!」


4点シートベルトを強く握り締めながら次のコーンが見えました。横Gが常にかかりながら、ほとんど真っ直ぐ走っていない様に感じます。


なんですかこれ‥!ずっとタイヤが滑っています‥!これがドリフトですか‥!?


何がなんだかわからないまま、最後の8の字コーンに来ました。コーンに当たりそうになる瞬間、リンさんがサイドブレーキを引き、車が真横を向きます。

コーンを中心に最短距離を旋回しながらクリアしていきます。まるでコマのようにクルクル〜。

あ、少し気持ち悪くなってきました。

うええ。


一瞬、ヘルメット越しに見えたリンさんの表情は満面の笑みで私を見ているのでした‥。


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