八月某日 土曜日 午後零時

「コンビニ……ではなく、道の駅に寄ろう」

 九曜はそう言って、車を走らせる。観光する気分は全くないが、九曜の言葉を否定するだけの何かを特に持ち合わせている訳でもなく、ただ、黙って車に乗っていた。

 窓の外は明るいが、雨雲が見える。ひと雨降ってきそうな空模様だ。

 道の駅は相変わらず、ひっきりなしに車が出入りしている。そう言えば今日は土曜日だったことも思い出す。広い駐車場の奥に、道の駅とかかれた大きな建物。その左側には別に建物があり【お食事処】と書かれ、反対にはもう一つ建物があるが、トイレだとわかった。

 入り口の前には昨日は無かったキッチンカーが並び、様々な店が展開されている。

 パン屋。ジェラート屋。クレープ屋。カレー屋、なんかがあった。

 近くにはテーブルが出され、ゆでたとうもろこしが並んでいる。

 九曜そのとうもろこしの売り場へ真っ先に行く。昨日食べたとうもろこしがよっぽど気に入ったのかしらと思ったが、九曜の魂胆はそうではないらしい。

「こんにちは。児玉さん、昨夜ぶりです」

 売り場の女性にそう声をかけ、財布を取り出す。

「いらっしゃい……って、アレ、お二人さん昨日の?」

 赤いエプロンをかけた、ちゃきちゃきとした感じの小柄な女性は、九曜と雪上を交互に見た。いかにも田舎のお母さんと言う雰囲気が滲みでている。

「はい、昨日は色々とありがとうございました」

 九曜はそう言って軽く一礼する。雪上もそれに続いた。

「いやいや、私もあんなに楽しい会に参加させてもらって……」

「……まさかこんなことに、なるとは思いもよりませんでした」

 九曜の言葉に児玉は表情を暗くした。

 この小さい町である。東子が死んだと言う話は瞬く間に町に広がったらしい。

「警察は事故の可能性で追っているようですが、殺人の可能性もあるのではないかと」

 殺人と言う単語を聞いて、児玉は顔を青くしたが、ゆっくりと言葉を咀嚼するように何度か頷く。

「東子ちゃんは、小さいころから鍾乳洞で肝試しなんかもしていたと聞いていたから、鍾乳洞についてよく知っている人だと。だから、事故って言うのはなんだかちょっと……腑に落ちないと。そう思うのは当然かもしれないね」

「きもだめしですか……」

 かなり怖そうだと雪上はごくりと息を飲む。

「事故の可能性が、その、お話からもあまり考えられないとしたら、東子さんはやっぱり誰かに……なにか、怨まれたり……トラブルがあったとかそういったことはないのですか? ――いや、実は東子さんが亡くなっているのを一番最初に発見したのは、私と彼――雪上の二人でして。鍾乳洞のフィールドワークが本来の目的ですから、今日朝一番に鍾乳洞に入る了承を神主さんに得て、生きましたら……。だから、なにか力になれることがあればと」

 一瞬児玉に浮かんだ警戒心は薄れ、憐憫の表情が浮かぶ。

「いや、ものわかりのいい申し分のないお嬢さんだった。まあ、確か出戻りの……」

 そう言いかけて、じろりとこちらを見る。何も言わずに九曜は頷いて見せる。つまりその話は知っているという意志表示だ。

「そうかい……その時は色々あったみたいだけど……まあ、離婚なんて今は、シングルの人だって沢山いるし、みんな色々事情があってそんなに珍しい話じゃない。それに東子ちゃんは神社に戻ってきてから、表情も明るくなってゆっくり、のびのびとして楽しそうに思えたね。そんな様子だったから誰かから恨みをかうなんて……それに、再婚を申し出てくれた人もいたんだろう。人生これからだって時に……まあ、そうだね。しいて言うなら、元旦那は女性関係がいろいろ派手だった様だから、その時に関係のあった女性からはそう思われていたかもしれない。でも面識なんて無いだろうし、なにせ十年くらい前の話だからね」

「そうですか」

 九曜は話を聞きながら、何度も頷いていた。

「早く犯人がみつかるといいですね」

 雪上は精一杯の感情をこめてそう言った。正直言うと、雪上自身もまだ実感がよくわからない。信じられない。昨日はまではごく普通に話していた人なのに。 

「本当に。神主さんにはいつもお世話になっているから、何と声をかけたらいいのか」

「……」

 雪上はうなずいたが、返す言葉がみあたらない。

 かわりに九曜が、「こっちにも警察の人は来ましたか?」と、言うので、児玉はびっくりした様に大きく首を振った。

「まさか。……でも、来る可能性があるのかい? 私は何も知らないよ」

「わかりません。ただ、亡くなる前の東子さんの足取りは追うでしょうから。そうなると、昨夜の歓迎会に居たメンバーに、全員じゃなくとも話がいくのではないかと、そう思いまして……」

 九曜はそこで少しの間をおいた後、話を続ける。

「僕らは昨夜、早めに引き上げさせてもらったのですが、実際あの後、皆さん何時ごろまで飲んでいらっしゃったんですか?」

「いや、そんなに遅い時間じゃなかったよ。夜の九時頃には一度お開きになったんだ。それでも、飲みたりないって人も中にはいたから、その数人は店の中に入って、飲んでいたんじゃないかな。あたしは九時ですぐに帰ったけど」

「東子さんは残ったんですか?」

「いや」

 九曜の質問に首を横に振る。

「残るって言って、私が知っているのは、坂さんって若い男の人知っているかい? そうそうガソリンスタンドに勤めている。あとは北華ちゃん。若いけどその二人はお酒が強いんだ。あとは、もしかしたらまだ数人いたかもしれないが、私も残っていないで帰ったから詳しくはわからないな。東子ちゃんは……確か、九時で帰ったよ。用事があるからと言って。でも帰るちょっと前に東子ちゃんと本田さんが深刻そうな顔で二人で話をしていたっけ。ちょっと人を寄せ付けない雰囲気だったから気になったのを覚えているよ」

 おしゃべり好きなのか、児玉は親切にそう話をしてくれた。

「本田さんと何を話していたんでしょうね」

 雪上のつぶやきに、九曜は一瞬視線を向けたがすぐに児玉を見た。

「その本田さんも最後まで残られたんですか?」

「いや、あの人の家も、色々大変だからね。皆さん、御三方が帰られて、東子ちゃんが帰る、ちょっと前くらいに帰ったんじゃないかな」

「神主さんは?」

「あの方。いつもなら、わりと残るのだけど、昨日に限っては、体調があまり良くないと言って、八時半ごろには帰られたね。確かにちらりとみたら顔色も良く無かったし、大丈夫かなぁと思った記憶があるね」

 雪上達が帰ってすぐくらいに神主も引き上げたのだと知り、こくりと頷く。

「ありがとうございます。あっ、とうもろこし三本もらっていいですか?」

「もちろん」

 児玉はビニール袋にラップを巻いた、とうもろこしをつめていく。九曜は三本分のとうもろこしの代金を支払った。

「そう言えば、本田さんがやられている農園ってどちらなんですか?」

 九曜の質問に児玉の笑顔が消える。

「いえ、あの……いただいたかぼちゃのお菓子がとても美味しかったので、どちらでされているのかなと」

 出来れば購入したいと考えているとまで言った九曜の本心がどこまでかはわからずとも、一応納得したのか児玉は明るい表情を取り戻して、何度か頷き。

「ああ、それなら……」

 と、言って簡単に場所を説明してくれた。

「今言った道沿いを走って行けば【本田農園】って看板もでてくるからすぐにわかると思うよ」

 九曜と雪上はもう一度礼を言って、そこを離れようとした時に、逆に引き留められる。

「町ではまだ死人が出るのではないかとみんな言っている。お二人も気を付けて。先生にもその様に」

「なぜ”死”が続くと?」

 雪上はぎょっとした。児玉のその目と表情が冗談を言っているのではなく、真剣にそれを言っていたのを、その瞳が物語っている。

 何か確信がある様にも思われた。

「三人……」

 そう言いかけた所で、後ろからとうもろこしを買い求める声がして、二人は礼を言うとその場を離れて車に戻る。ぽつぽつと雨水が零れ落ち地面に染みる。

 車に乗り込んだ時には、ざあっと音を立てて雨が降りしきる。

「三人って一体なんなのでしょうか」

 僅かに濡れた髪をかきあげ、雪上はシートベルトをしめる。

「……」

 九曜は何も言わず車を発進させた。

 時計を見ると、十三時。

「流石に腹が減ったな」

「確かに。教授達も待っていますしね」

 九曜の素直な言葉に雪上もそう答えた。

 先ほど本田農園の場所をたずねていたので、そこに行くのとも思ったが、コンビニに立ち寄り、適当に弁当を買って、そのまま社務所の方に戻った。

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