1 『八大使徒』

 

 五色に染まる世界。

 豪華絢爛ごうかけんらんの装飾が為された、玉座にも似た席の背に身体を預けながら、彩菜は目の前に広がる光景を眺めていた。

 何度見ても奇妙な眺望である。果てがどこなのかも定められぬほどの広大な空間が、ホールケーキを切り分けられるように五分割され、それぞれに全く別の景色が広がっている。

とはいえその空間の主たるはこの場にはいないため、その空間たちはみな色せている。

 それもそのはず。

 今回、この場に呼び出されたのは〈極彩の庭園〉の長——彩菜ただ一人だけだったのだから。


『式部茉弘……よもやあの歳で力に目覚めるとは——』

『由々しき事態だ。と言いたいが、段階としてはまだ上澄み程度の覚醒。器に収まりきらなくなった力が漏れ出ているにすぎない。彼の自由を制限すべきでは——』

『馬鹿を言うなっ! 十香とおかの時とは事情が違う。あれは精霊の力がなんなのかもわからない青二才の子供。もし暴走でもしたなら奴らにとって餌を与えるようなことになり兼ねんのだぞ!』


 モニターに映し出された八人の人物たちが、皆各々でそれぞれの意見を主張し、譲ろうとはしない。

 そんな光景を見つめながら、彩菜は付きの侍従に入れさせた紅茶を口に運び、ふうと息を吐いたのちに顔を上にあげた。


「そんなくだらない言い争いをみせるために、わざわざわたしを呼んだわけではないだろう。本題に入りたまえ、八大使徒はちだいしと

『ふん、相変わらず生意気な女だ』

「そっちこそ相変わらず仲が悪そうで安心したよ。けれどもわたしがわざわざ来ているという事実を心の片隅には残してもらいたいものだね。わたしも暇ではないんだ」

『なら、望み通り本題に入るとするぞ』


 八大使徒の一人——エハットが言うと、中央スクリーンに一人の少年の顔が映し出された。その顏に、彩菜は僅かに眉根を寄せた。


『此度の一件、『始原の精霊』の継承者であるかの少年の覚醒が確認された。

 現在は元の彼に戻り、力の漏れも無くなっている。覚醒の場に居合わせた外の者は庭園で保護され、意識は戻っていない。これで間違いはないな?』

「ああ」


 簡潔に事実のみを述べるエハットの問いに、彩菜は頷いた。

 と、そこで一人の使徒が声を荒げた。


『今すぐにでも、式部茉弘にを断行すべきだ! 十五の若輩たる心と器ではあの力を持つには早すぎる! せめて肉体だけでも——』

『シュモナー、口を慎め。一度目の発言は使徒としての聡明な発言と見逃したがその発言は看過できん。貴様も我らからすれば若輩そのものだ』

『……ッ! ですが、力の大きさも理解出来ておらず、あまつさえ既に守るべき人々を傷つけた今のあれを信頼できるのですか!』

『論点をずらすな。もとより今回に信頼云々の話をする気はない』

『さよう。此度の議題——それはの決定と、今現在において彼の管理者である無華花彩菜の意見を聞く場だ。それが理解出来ぬのなら即座に退席させる』

『……! も、申し訳ありません……』


 モニター越しで大仰に頭を下げ、シュモナーが謝罪する。

 本来、ここまでの議論の妨げをすれば使徒とてこの場を退席させられてもおかしくはないがそうならないのは、彼が見通す先がからだろう。

 かくいう、彩菜ですらその先眼には時折恐怖を覚えるほどなのだ。


「それで、きみ達の本音としてはどうなんだい? わたしとしてはシュモナーからの意見が聞きたいが」

『私であれば、お前を誰よりも知るからこそお前に任命すべきという結論がでる。

 だが、これには私のも含まれる。使徒としての意見ではない』

「相変わらずの堅物だね。——他の者はどうなんだい?」


 彩菜が周囲の使徒たちが映るモニターに目を向けると、少し悩む者もいればシュモナーの鉄を踏むまいと畏縮する者もいた。

 八大使徒は、世界に五つ存在する魔術師育成機関の統括を担う、いわば最高意思決定者たちだ。

 そんな彼らがみなそれぞれの反応を示しつつも発言しかねているのは、目覚めてしまった彼の扱いがそれだけ判断しにくいものであることを示していた。

 あれだけ騒がしかった会議場が、数秒ほどの静寂に包まれる。

 それを切るように彩菜が発した。


「なら、彼は私が預かる。十二年前、妹の預かりを申し出てきた〈雷電らいでん碧城へきじょう〉の学園長から、妹の〈庭園〉への編入依頼を受けていたところだ。もう一人編入生が増えても兄妹であれば問題は無いだろう」

『あの兄妹を接触させると言うのか? このタイミングで』

「このタイミングだからこそだ。二人には両親のことを話していない。

 それぞれが〈庭園〉が管理する外の施設で育てられているからこそ、十二年の再会を以て彼の心に安寧を与える。実際、今の彼は自身が人を傷つけてしまったことを故意でなくとも後悔している。

 今は彼の心を支えるべき時期だと思うがね」

『お前の考えはわかった。だが、一つ聞かせろ』

「ああ、なんなりと」


 その返答を受け、エハットが両肘を立て、両手の口元に組む。


『あの子にお前が開発した顕現術式を教えたなら、それを使って精霊の力をさせることは可能か?』

『『な————っ⁉』』


 エハットの言葉に、使徒全員が驚嘆に声を漏らす。

 問いに、彩菜は微笑んで答えた。


「ああ、出来るよ。もちろん彼の努力次第ではあるが」

『なら——今から式部茉弘の身柄、及び〈極彩の庭園〉を管理者に任ずる。

 お前に並ぶ【次代の守護者】の育成せよ』

「心得たよ、エハット」


 彩菜の返答を受け、エハットが不敵に笑う。

 使徒内での最高権力を持つエハットと、その盟友である無華花彩菜。

 両者の決定に口を挟める使徒は一人としておらず、式部茉弘は〈庭園〉に一任されることが決議された。




「…………ふぅ」


 会議場から彩菜のいる空間以外のすべてが消えてから、数十分後。

 彩菜はこの先のことを考えながら、まるで重いものを運び終えたように大きな息を吐いた。

 するとそれに合わせて、彼女を包んでいたドレスが光の泡となって、元々身に付けていた公務時の服装へといった。


「まったく、威厳を示すためとはいえ、非交戦時で第三顕現を維持するのは骨が折れるね」


 微かな微笑と共に苦言を言い、彩菜は席を立った。

 と、その時。


「彩菜様」


 音も無く、メイド服に身を包んだ少女が彩菜の前に片膝をついて現れた。


「こんなところに来てどうしたんだい? 迎えは不要だと伝えたが……」

「申し訳ございません。急ぎお伝えしなければならないことがあり、勝手ながら会議場の中に入らせて頂きました」

「ふむ。なにがあったんだい?」


 特に咎めることもなく、彩菜は興味深そうに聞く。

 と、その言葉を受けて顔を上げた少女が、顔に少々の冷や汗を浮かばせていたのを見て、まず良い報告じゃないことを察する。

 とはいえ、別に危機的な報告でもない。どちらかといえばただ焦っているような、そんな表情が見れた。


「式部茉弘が、彩菜様のお部屋から姿を消されました。

 扉が開いているのを確認していますのでていますので、恐らくそこから〈庭園〉内に迷い込んでしまっているかと」

「…………そうか」


 どうやら、思ったよりも早く起きてしまったらしい。

 念の為の置き手紙を枕元に添えてはいたが、意味を為さなかったようだ。


「仕方がない。迎えに行くとしようか」


 そう言って、彩菜は侍従の少女を伴って会議場を後にした。

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