海月

月は、夜空に輝く多くの星から「神様」と呼ばれています。

それは遠い昔、月が多くの星に光を与え、形を与え、夜空を形作って行ったからです。


そんな夜空の神である月は、あるものを愛していました。

それは、海です。


海は多くのものを抱えています。

海は多くのものを映し出します。

海は広い空を映します。

夜を映すのです。


月は、自分を鮮明に映してくれる海を愛していたのです。

そして海もまた、月を愛していました。


月は暗い夜を照らします。

月は多くの影響を与えます。

月は海を動かします。

満ち潮を与えくれるのです。


海は、この地球の7割を占める自分を動かしてくれる月を愛していたのです。



ある日、研究者は月に聞きました。


「貴女は何を愛しているのですか?」


月は答えました。


「私は海を愛しています」


研究者は更に聞きました。


「それはまた、何故?」


月は答えます。


「海は、この私を煌びやかに映し出してくれるのです。そして、海は多くの『生命いのち』という物を抱えているのです。私には生命とは何か詳しくは分かりませんが、何かとても大切な物だと聞きました。そのとても大切な物を沢山抱えている海に私は心を奪われたのです」


研究者は、素早く手帳にそれを書き取ると、月に背を向けました。

すると、後ろから声がかかります。


「私はとても長い間、月として過ごしてきました。ですが、私は1度も海とお話したことはありません。是非、1度でいいのでお話したいものです。それほどまでに、私は海を愛しているのです」


研究者はゆっくりと研究室へ戻っていきました



またある日、研究者は海に聞きました。


「貴方は何を愛しているのですか?」


海は答えました。


「私は月を愛しています」


研究者は更に聞きました。


「それはまた、何故?」


海は答えます。


「月は、この私に潮の満ち干きを与えてくれるのです。そして、月は暗い夜を明るく照らすのです。

私は、自ら光るという事はできません。私、こう見えて暗いのが苦手でして、光を浴びていないと、酷く陰鬱な気持ちになってしまうんです。私の苦手な『夜』という暗い時間を照らしてくれる月に、私は心を奪われたのです」


研究者は、素早く手帳にそれを書き取ると、海に背を向けました。

すると、後ろから声がかかります。


「私は随分と長い間を過ごしてきました。でもその間、私は1度も月とお会いしたことがありません。是非、1度でいいからお会いしたいものです。それほどまでに、私は月を愛しているのです」


研究者は小走りで研究室へ戻っていきました。

そして、研究者は願いました。


海と月が交わる日が訪れるように


そう毎夜願い続けました。



それから数十年経った時、その日は突然やってきました。

月と海が大接近していました。

研究者は、急いで海に行き、月と海を見守ります。


月は、いつにも増して大きく見えます。

海は、いつにも増して明るく見えます。

双方は、いつにも増して輝いて見えます。


そして、その時がやってきました。

月と海が、触れ合いました。

その姿はなんとも美しく、研究者は涙を零しました。

月と海も、涙を零しました。


「やっとお話することができますね」


と月が。


「ええ、やっと貴女にお会いすることができました」


と海が。

そして、双方は、共に幸せな時間を過ごしました。



月と海が交わる時。

月と海の神秘が交錯する時。

新たな生命が生まれました。


その生命は、月の様な丸い傘を持ち、数本の触手を踊らせながら、海を浮遊するのでした。


これを見た研究者が言いました。


「嗚呼、なんという美しい生物だ。これが海と月の神秘か。そうだな、このクラクラと海を浮遊する姿から、この生物を『くらげ』と名付けよう」


そして続けました。


「そうだ、漢字は海に月としよう。そうして、この海と月という神秘が交錯した奇跡を、後世に残そうじゃないか」


その後数百億年間、月と海が交わることはありませんでした。

しかし、数百億年前の『海月』は、子孫を残し、

海と月の奇跡を後世に残して行きました。



そして、数百億年経った今日。

夜更けにもう一度、海と月の神秘が交錯するのでした。

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始まりの向こう 花楠彾生 @kananr

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