第62話 リーシアの願い

 私は皆の先頭に立って進む事が好きな子供だった。

 その事を分かってか分かっていないのか、皆も合わせてくれるので嬉しかった。

 運命の日は孤児院の先生にプレゼントする花を探しに行った日。

 魔物に襲われて皆に心の中で謝罪した瞬間に現れた女性。


 彼女に私は皆と一緒に決めて『ゼラニウム』と言う名前を与えました。

 魔物に名付けをするには名付け親の魔力量を名付けと同時に与える。

『魔力量』を与えるので『魔力』では無い。

 なので名付けしたら回復しないし、魔物に取って魔力は生命力そのもの。

 魔力量が足りない場合は生命エネルギーを変換して名付けする。


 私も例に違わず生命エネルギーを使ってゼラお姉さんに名付けをしている。

 なので人間のまま生きていたら寿命が20歳になっている。

 ただ、既に私は人間ではない。

 全てはあの日から。


 その日は皆と一緒に室内で遊んでいた時であった。

 孤児院の先生方に見守れながら遊んでいると、当然爆発するような音が室内に響いたのです。

 異常と思える程に速く火は広まり、孤児院内は灼熱の鍋と成りました。

 出入口は全て外から塞がれており、先生達も消化は出来ない。


 硬いもので叩くも全く意味がなかった。

 斧などの危険物は基本的に外に置いてある。

 先生達は教会のシスターであり、神に心から信仰して一年で扱える神聖魔法しか扱えないのだ。

 魔法は簡単には扱えず、誰もが師匠を持つ。

 なので私達は苦しみながら助けを待つしかなかったのです。


 熱によって体が熱くなり、汗が出ます。

 どんどんと感覚は鈍り頭が回らなくなり、先生達は子供の私達よりも先に倒れました。

 何かが出来る訳でもなく、煙を吸わないように口を塞ぐ事しか出来なかったのです。

 体から力が抜けて次々と倒れて行く。


 服に火が引火して身を焼き焦がす。

 だが、それを消すと言う考えも出来ず体も動かず。

 ただ焼かれる痛みに苦しんで眠る事しか出来なかったのです。

 最後にゼラお姉さんに助けを求めたのが不思議でした。


 数時間しか関わった事の無い人。

 だと言うのに誰よりも信頼出来ると思える人。

 先生方以外の大人だからでしょうか、或いは魂の繋がりがあったからでしょうか。

 真相は不明です。


 そして先生も子供の私達も何も出来ず倒れ、炎に包まれました。

 もう終わった⋯⋯そう思っていたのに目が、覚めたのです。

 目の前には赤い骨だけの体を持った魔物が立っていました。


「やっぱり死んだすぐの方が強いゾンビを作りやすいな。火事で死んだから火耐性があるな」


「だ、れ?」


「なんや! おま、ゾンビやのに会話出来るんかいな。まさかそこまで自我が高いとは思わへんて。⋯⋯ええな。強いってことやないか。おめぇ、名前なんて言うねん」


「リーシア」


「そうか。ほな行くでおめぇら。俺らがこの世界の世界チャンピオンや! プレイヤーのてっぺん取ったら神に昇格出来るねん。そうなったらおめぇらも人間に戻れるでぇ!」


 それがエルダーリッチの彼との出会いでした。

 私と孤児院の子供達は生前の意思が強くて自我があるようでした。

 そして誰よりも私が強かった。

 知能、身体能力、魔力、全てが生前とは比べ物にならない私。


 死んでゾンビになっても尚、ゼラお姉さんとの繋がりは切れてない。

 ゼラお姉さんは私達の事をずっと考えている。思ってくれている。

 それがとても嬉しく、とても悲しかった。


 ゼラお姉さんが私達の事を思う度に私に繋がる魂との経路パスは広く丈夫になる。

 私はゼラお姉さんの名付け『親』ですから。

 そして私を中心に子供達にも薄ら繋がりがあり、意思が芽生えているのです。

 私よりも当然弱いですが、生前よりかは強い体と知性があります。


 ゼラお姉さんが強くなる度に私も魂の繋がりで強くなる。

 そしてゼラお姉さんと並列して繋がっているもう一つの魂も存在する。

 その魂も強くなると私も強くなる。

 私が強くなるとゼラお姉さんとその一つも強くなる。


 つまり、私達は別々の体だけど大まかに一つの存在である。

 簡単に言えば、私、ゼラお姉さん、もう一つの魂──ヒスイお姉さん──がそれぞれ百回腹筋すると、三百回分の効果が各々に配布される感じ。(この魂関連は殆ど悪魔さんが補足してくれた)

 個体差で反映される効果は変わってしまうけど。

 筋トレはエルフであるヒスイお姉さんにしか効果がない。


 ゼラお姉さんは特別な体質なようで、どんどん魔力量が増えている。

 そのせいかお陰か、私も魔力量が増えてゾンビとしての格が上がっている。

 それだけなら良かったのです。


 ゾンビになってから訪れた小さな町、それが私の地獄の始まりでした。

 彼の命令には絶対に逆らえない。勝手に体が動くのです。

 孤児院の仲間と一緒に村人達を殺してしまった。

 それもあっさりと。


 泣き叫び逃げ惑う村人を殺すまで追い掛けて殺す。

 殺して殺して殺し尽くした。

 手が真っ赤に汚れたのを自覚して吐き気を⋯⋯覚えなかった。

 感じなかった。人を殺しても何も感じなかった。


 それがとても辛く絶望的だった。

 心までゾンビになったのかと⋯⋯そう思ってしまった。

 人を殺したくない⋯⋯でも命令されたら殺してしまう。

 それによって私は完全に壊れ、ただの殺戮マシーンになってしまった。


 絶望する度に生前に受けた焼ける痛みが蘇り、炙られる激痛を味わいながら体が朽ちる。

 焼け跡が広がっていき、身が腐り崩れる。

 その痛みも加算されて激痛は加速し、いつしか神経がやられて痛みに悶えなくなった。

 その時には髪の毛がかなり抜け落ち、片目は焼け潰れ、所々骨が見える醜い体になった。


 私は死にたかった。

 辛かったから。もう人を襲いたくない。

 でも、自分では死ぬ事も出来ず、低級の神官では相手にならない。

 いや、正しくは大抵の人間は相手にもならないのだ。

 きっとゼラお姉さんのお陰だろう。


 そして狙いが大きな人間の国になってしまう。

 私は自我がどんなゾンビよりも強く骨を武器にする力を持っていた。

 それを彼が支配者権限を利用して無理矢理行使して、私の全てを『杖』として能力スキルを発動したのです。

 それが人間の国を滅ぼした一撃のスキル。




 死者祭典デッド・ア・ライブ




 そのスキルが城壁内部に黒い霧を充満させた。

 霧を吸い込んだ人間は内部から感染しゾンビへと変貌する。

 範囲が広過ぎた為に室内に隠れたり教会の結界に守られたりなど、霧を防ぐとゾンビにはならない。

 だけど、ゾンビとなった者が生存者を襲ってゾンビに変えてしまう。


 今では教会内部の生き残り以外全てがゾンヒである。

 その結果が私に深く心に傷を与えた。

 何も感じないけど、痛かった。

 彼は王城に籠った。


「魂が集まった! 飽和状態や! これで俺は魔王クラスへの進化を果たす! プレイヤー最強や!」


 その言葉と同時に彼は骨の繭に包まれ、私は自由となった。

 子供の皆と遊んでいると⋯⋯懐かしく幸せな気配を感じた。

 そう、ゼラお姉さんである。


 ◆


 その話をするとヒスイお姉さんが抱き締めてくれた。

 この、醜い体を。泣きながら。


「辛かったね。悲しかったね。でも、もう大丈夫だよ」


 嬉しい。

 とっても。

 ゼラお姉さんが信頼を寄せるだけはあると、そう思う。

 でも、それは違うよ。


 私は沢山の人を葬った。

 だから、辛いとか悲しいとか、思っちゃいけないんだ。

 そんな資格、私にはないんだ。


「だからヒスイお姉さん、私を殺せる人を連れて来てください」


「⋯⋯ううん。それは無理。それにリーシアちゃんは悪くないよ」


「嬉しい、嬉しいです。でも、ダメです。もう、私は、私達はこの世には居てはダメなんです!」


「そんな事ない!」


 ヒスイお姉さんの強烈な叫びに私は喉を詰まらせた。

 涙によって顔を腫らしながらも目を合わせて来る。


「殺してなんて、考えても願ってもダメです。与えられた命です。間違った道に進んだのなら、道を戻るんです。戻って正しい道に進めばいい。殺めてしまった人は戻れない、でもリーシアちゃんは戻れるんです」


「でも、私に生きる資格は⋯⋯」


「生きる全ての命に生きる資格は権利がある! 命があるなら生きれば良いんです。自分が背負った罪に押し潰されそうなら、私⋯⋯私達も一緒に背負います」


「え?」


 それは、とても意外過ぎる提案だった。


「だってもう、私達は友達じゃないですか。辛い事がいっぱいあったなら、その分幸せをたっくさん獲得すれば良いんです。私とゼラさんが、その幸せを集めます。どうですか? 一緒に幸せを見つけませんか?」


 ヒスイお姉さんの笑顔が眩しかった。

 眩しすぎた。

 住む世界が全く違うと感じてしまった。


 私は沢山の人を殺した。

 だから生きる資格は価値はない。

 でも、そんな沢山の人を殺した力を人を守る為に使えれば⋯⋯幸せなのではないか?

 私はまだ、道を修正出来るのでしょうか?

 私は生きても、良いのでしょうか?


 私の罪は永遠に許される事は無い。

 だけど、その分沢山の命を救いたい。ゾンビだから出来る事がある筈だ。


「嬉しいです。本当に。でも、これは私の罪ねす。私だけが背負うんです。⋯⋯それに、私は眷属のゾンビ⋯⋯彼から離れる事は出来ない。そして、彼が死ねば私も死ぬ」


 それは逃れる事の出来ない運命だ。

 私がやり直せるなんて、そんな道は用意されてない。

 戻れる道は全て、この体と同様に腐れて崩壊したのだ。

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