第63話 憤怒の怪物

 室内で人生ゲームのような事をリーシア達は行っていた。


「リーシア⋯⋯」


『無駄よん。これはあくまで立体映像だからさ』


 カオスがそう言う。

 それは正しいようで、リーシアに触れようとしても出来なかった。

 体を貫通してしまう。

 だけどこの映像は本物のようにみんなが動く。

 孤児院の先生も子供達も。


 笑ったり、ゲームの結果で嘆いたりと、とてもリアリティが高かった。

 これは偽物と言い切れる程、この映像は雑に作られてい。


 その光景に少しだけ和む事が出来た。

 心が癒された事を瞬時に見抜いたカオスは頬を膨らませる。


『これで安堵するとか面白くないな。忘れてないよね?』


 ああ。この子達はゾンビになっている。

 そしてその原因が多分、そろそろ来る。


 俺がそう考えた瞬間に爆音が響き、火炎が室内に広がる。

 煙が上へと登って行き、炎は子供達を襲う。

 見ているだけでも吐き気がする。

 だけど、この光景から目を逸らす事はできない。


 俺は見るしかないんだ。

 この子達が受けた絶望を。それが今出来る俺の役目。


「いやあああ! 誰か、誰かあああ!」


「なんで開かないの! 開いてよ!」


「ああ神よ!」


「熱いよ! 熱いよ!」


「リーシアちゃん。熱いよ」


「大丈夫。大丈夫、ゴホゴホ」


 段々と弱って行き、脱出しようとしていた先生達が先に倒れた。

 一酸化炭素中毒かもしれない。

 火事は火よりも煙の方が危険だ。

 しかもこの場所は窓を開けているので空気の循環が良く、さらに炎は強くなる。


 子供達も次々に倒れ始める。

 歯を食いしばり、この光景をしっかりと目に焼き付ける。

 これが俺の復讐原理だったから。

 リーシア達の最期を見るのも俺の役目だと思ったから。


 涙を流し、拳を強く握る。

 既に苦しむ声すら出せない状態になり、身はどんどん焼かれて行く。

 これは過去の映像。既に過ぎ去った事柄。

 それでも、とても辛かった。


『ヒヒヒ。その顔最高』


 顎を撫でるように手を動かし、俺の背後から身を寄せる。

 感じる感触がヒスイそっくりで怒りが増した。

 だけど、それすら俺の頭から消すような言葉がリーシアから漏れる。


「ゼラお姉さんと、会わなければ、苦しまずに、済んだのかな?」


「は?」


 それは本来リーシアが絶対に言わないだろう言葉。

 それは理解しているのだが、心に深く刃が刺さった気がした。

 なんだよ。なんでそんな事言うんだよ。


『君が魔物から助けなければ、子供達は一瞬で楽に死ねたんだよ。どうせ死ぬ運命だったのなら、楽に死にたいよね』


「うそだ。リーシアが、嘘だ!」


『シュレディンガーの猫に近い原理だよ。この映像は僕が見せている。実際に見た訳でもない君が嘘だとどうやって証明する?』


 嘘だ嘘だ!

 だって、魔物から助けた時に感謝されたんだ。俺に名前をくれたんだ。

 リーシア達がそんな事を思う筈がない。


「お前がそう見せてるんだろカオス!」


『僕に怒りを向けないで欲しいな。⋯⋯死の淵できっと彼女はどうせ死ぬなら辛くない方が良いって思ったんだよ。簡単な事でしょ?』


「簡単な訳あるか! ふざけんな! 俺にこんなのを見せて何になるんだ!」


『そこまで怒るんだ。事実を知ったら君は絶望しちゃうよ?』


「嘘をそのままにしておくよりかは良い!」


『そっか』


 そしてカオスが指を鳴らすと少し前の映像に戻る。

 きっとこれが本来のリーシア達の最期なのだろう。

 リーシアは死に際に何を思ったのか、俺はそれがとても知りたかった。

 ⋯⋯或いは俺を憎んでないと確認して安心したいだけだったのかもしれない。


「ぜら、おね、さ⋯⋯たす⋯⋯て」


「⋯⋯ッ!」


『ほら、言ったのに』


 最後にリーシアが思った事は⋯⋯俺に助けを求める事だった。

 今はきっと馬車に揺らされている頃だろう。

 そうか。その場合全力で国に帰還してたら助けられたのでは無いか。

 リーシアが助けを求めていたのに、俺は馬車で呑気に座っていたのか!


『助けたいと守りたいと思った相手が、助けを求めていた。しかしそれを知る事なく今まで過ごして来た。何回笑った? 何回幸せな人生だと思った? 助けを求めて来た大切な相手を守れずに過ごした人生は楽しかった?』


「止めろ。やめてくれ」


『目を逸らしても無駄だよ。ここは君の精神世界だ。流れる映像は全て無意識の内に把握される』


 映像は切り替わり、ヒスイがヒルデの奴隷となっている状況だった。


『まずは君がシルフの声を聞かなかった場合の世界線だ』


 もう、それは地獄としか言いようがなかった。

 精神が支配されたヒスイは抵抗する事は出来ずヒルデに陵辱されていた。

 しかもヒスイ本人はそれを幸福と思い快楽に包まれている。

 そう言う類の精神支配を行う奴隷紋だから。


 ヒスイはそれを嫌だとも思えないでただあるがままを受け止めている。

 喘ぎ声が断末魔のように聞こえて仕方がなかった。

 目を瞑っているのに把握出来てしまう。

 ヒスイの目の奥の奥、その本質は泣いていた。


 もしも俺が助けに行くのが遅れていたらこうなっていたのか?

 そんなの、あんまりだ。


『そもそも、君がちゃんと下調べをして対策をしていたらこうなっては無い。王妃ちゃんは危惧して助言もしてくれた。でも、君はバカだったから、この結果が現れたんだ。事実はどうであれ、こうなる世界線が存在したんだよ』


「黙れ! 黙れよ!」


 さらに映像に切り替わりエドの風景となる。

 だが、普段のエドとはガラッと変わり火の海になっていた。

 人間が攻めている訳ではなかった。アンデッドだ。


『そして君がデッドロードに負けた世界線』


 それはエドが滅ぶのと直結していた。

 獣王の本気も奴には通用しないと、この場で証明された。

 そして俺の目の前に転がる骸は一番認めたくない存在。


「リオ、さん」


『まぁ実際奴がこれを行うかは不明だけど、こうなる可能性はある。まぁいずれはこうなるよ。奴は世界の頂点を取る予定だからね。殺して殺して、敵が居ない状態にする。エルフちゃんも子供ちゃんも利用されて、全てが殺される』


「そんなの、許されるか」


《──────》


 俺はヒスイを守った。だけど、真に救ったとは言えないのかもしれない。

 それだけの心の傷をあの時に付けていた。

 もしもカオスの見せた世界線があったら、俺は立ち直れてない。

 あんな顔のヒスイは見たくない。絶対に。


 リーシア。

 最後まで関わりの浅かった俺に助けを求めてくれた。

 魂の繋がりがあったとか、そんなのは関係ない。

 きっと彼女の中で一番強い存在が俺だったから、助けを求めたんだ。

 だけど、救えなかった。


 大切な二人や子供達が利用されてエドを滅ぼされる?

 俺の大切が大切を壊すと言うのか。

 そんなの、絶対に嫌だ。


《条件──し──────ザザ》


『ならどうする?』


「殺す」


《ザザザザ────ザザ》


『そう! 危険の火種は先に消しておくべきだ!』


「殺す!」


《ザザザザザザザザザザザザ》


『良いよ! もっと殺意を滾らせろ! もっと怒れ! もっと僕達を楽しませてよ!』


 その後はこんなクソみてぇな映像を見せて来やがったてめぇも殺す!

 俺はもう、ヒスイを泣かす目には絶対にあわせない!

 リーシア達を失う結果はもうしない! 救ってやる!

 エドも守る!


 その障害は全部、ぶち壊す!


《条件を達成しました。固有スキル【憤怒】を獲得しました》


《直下の配下に憤怒の悪魔を確認》


《固有スキル【憤怒】を【憤怒の主】に進化させます》


『はぁ。見せてよ君の人生を。本当はダメだけどさ、このまま大罪スキルを得ないのは退屈だからね。なんやかんやで収まっちゃうから。だから怒りを全開にさせて貰ったよ。でも、最高の結果だね! 面白そうだ! 見せてよ、君が掴み取りたい最高の結果を。そのための力は今、得られたよ!』


「うあああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 今ここに、憤怒の怪物が出現した。

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