魔力を持たない私②
ついさっきまで床に這いつくばっていた金髪の男性改めミシュアルは、キレのある動きで立ち上がると綺麗な礼を披露してくれました。
眼鏡の奥の碧い瞳が細められた微笑みは、とても人懐っこそうに見えます。……ただ、先ほどの姿を見た後ではその印象も変わってきますが。
……というか、隊長さんって言いました? 元ではなく、現役のですよね?
ひえぇ。今日は私、隊長クラスの方にしか会ってなくないですか?
そんな感想を抱いていると、ミシュアルが一歩私に近付いてきました。条件反射的に私は一歩後ろへ下がります。
「なんで下がるのさっ!?」
「当然だね。自分の行いを胸に手を当ててよおっく考えな!」
すみません、つい。だって、先ほどのお姿が強烈だったものですから。
ミシュアルはゾイに言われた通りに胸に手を当てています。素直な方ですね?
「……? わからないよ?」
「……天才と馬鹿は紙一重だったね」
そのまま首をこてんと傾げてしまいましたが。その姿とゾイの呆れたような言葉には、もう苦笑するしかありません。
「まぁいい。気になることを言っていたしね。あんた、わかるんだろ? ハナ様の体質のことが」
「えっ、見ただけでわかるんですか?」
ゾイがため息を吐きつつ言った言葉には驚きが隠せません。
でも、やっぱりそういうことですよね? 先ほども言っていましたもん。私が魔道具を使えなくて困っているんじゃないかって。
「ジャックとボンドとの会話も断片的に聞かせてもらっていたからね。なんてことはないさ!」
「ちっ、あの時から見てたのかい。相変わらず気配を断つ技術には鳥肌が立つね」
いやいや、確かに先ほど私の体質についてお話しはしていましたけど、それだけでわかるものでしょうか? 防衛部隊の施設守備隊とおっしゃってましたよね? 魔法が専門というわけでもなさそうですが……。
私が不思議そうにしていることに気付いたのでしょう、ゾイが説明するように彼を紹介してくれました。心底、嫌そうに顔を歪めていますけど。
「こいつはね、変態だが天才なんだよ。この国でも一、二を争うほどの腕を持つ魔法士なんだ」
ふわぁ、天才! ゾイがそう言うのなら本当にすごい方なのでしょうね!
実際、ゾイたちにも気付かれないように私を尾行していたようですし。ちょっと怖いですけど。
さらに話を聞くに、ミシュアルは本来ならその能力からいって魔法部隊に所属するべき方なのだと言います。それはそうですよね、凄腕の魔法士なわけですし。
でも、本人が研究以外したくない、と駄々をこねたんですって。え、駄々をこねた? ま、まぁいいです。それにこの人ならなんだか納得してしまいます。
それで、頭を悩ませたエドウィン様が苦肉の策で出した条件が施設守備隊の隊長を務めること、だったみたいです。
普段は研究をしてもいいけれど、必ずギャレック領に貢献すること、いざという時は防衛にも協力すること、などを約束しているのだとか。
ちなみに、研究内容は当然ながら魔法に関することだそうです。そもそも彼は、魔法が好きすぎて研究と試行錯誤を重ねた結果、凄腕の魔法士になったのだとか。
好きなことはたくさん練習も勉強もしますもんねぇ。加えて元から素質もあったのでしょう。
変な人ではありますが、やっぱり有能な方のようです。変な人ですけど。何度も言ってしまいますね、すみません。
「ねぇ、奥方様ぁ? ハァハァ……ちょっとだけ調べさせてくれないかい? ハァ、ハァ、時間は取らせないからさぁ……?」
でもそれも仕方ないと思います。ミシュアルが両手をワキワキさせてこちらにじりじり近付いて来るのはとても不気味ですから!
どう考えても変な人でしょう!? 悪い人ではないのでしょうけど、怖いですっ!
「あいにく、これからハナ様はランチタイムだよっ!」
「フギャッ! ちょっと! ゾイはいつも実力行使に出過ぎだと思うな!? 僕はまだ何もしていないだろう!?」
「してからじゃ遅いんだよっ! あたしはハナ様の護衛でもあんだから、諦めな! ほら見てみろ、こんなに怯えてるじゃないかっ」
確かに、今の私は両手を胸の前で組んでプルプルと震えております。ゾイの存在がとてもありがたいですね!
だ、だってミシュアルはいちいち言動が、こう、変態さんっぽいのでどうして警戒してしまうのですよ!
ゾイにすげなく返されたミシュアルでしたが、そう簡単に諦める気はないようです。
なんと、今度は急に膝をついて私を見上げながら懇願を始めてしまいました。
え、ええ……? どうしたらいいのでしょう?
「お願いっ! 今、どーしても気になることだけでも解消させてぇっ! 本当にすぐだからぁっ! それに、奥方様の魔道具問題も解決するって約束するからさぁっ!!」
「えっ、なんとか出来るのですか?」
戸惑いは隠せませんでしたが、言われたことには反応せずにはいられません。
魔道具問題については、本当に困っていることですからね。この先、水を出すにもいちいちゾイの手を借りなければならないのは申し訳なさ過ぎます。
「え、と。難しいことはしませんか?」
「もちろんだとも! 小さな子どもにでも出来ることしかさせないよ!」
それなら、まぁ大丈夫でしょうか。
チラッとゾイに目を向けると、困ったような顔をしながらも頷いてくれました。何か危険を察知したら守ってやる、とのことです。……危険、あるんです?
ともあれ、せっかくの申し出ですからね。ランチの時間もあることですし迷ってないでお願いすることにしましょう。
私が声をかけると、ミシュアルは大げさなほどに感激し、涙まで流しました。本当に涙を流してますね……? ビックリです。
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