ギャレック辺境伯邸⑤
「領内はもちろん安全だが、この邸内は特に安全だ。なぜかっていうと、優秀な人材の中でもさらに上位に位置する者たちで守りを固めているからさ」
それはそうでしょうね。エドウィン様は特に辺境を任されているお方、敵もさぞ多いことでしょう。
エドウィン様ご自身がとてもお強い方ではありますが、守りを固めるのは当然です。
けれど、どれだけ固めても裏切りやスパイ、敵の攻撃が完全に防げるかと言われると、絶対とは言い切れないとゾイは言いました。
そうですよね……。人がいる限りミスは起こりますし、想定外は存在するものです。だからこそ、出来る限りの手を尽くすのだとゾイは教えてくれました。素晴らしいことですね!
「エドウィン様の奥方となる人の護衛は最も優先されるべきことさ。なんといっても無敵の髑髏領主の唯一の弱点になり得るんだからね。だから専属メイドといえど、戦えもしない娘っ子を置くわけにはいかなかったのさ」
「ひえぇぇ」
そうでした! よわよわでちんちくりんな私がお嫁さんになるのです、エドウィン様の弱点になってしまうではないですか! 辺境伯の妻というのは思っていた以上に重要な立場になるのですね……!
失念していましたよ、これは。今からでも護身術とか習うべきなのですかね……。でも私、体力には自信がありますが運動神経はあまりよくないのですよねぇ。むむむ。
「情けない声出すんじゃないよ。あたしたちにとってエドウィン様が嫁をもらうのは悲願だった。跡継ぎ問題もあるが……一番は、エドウィン様の心の安寧のためだ」
そういえば、我が家に最初にいらっしゃった執事のマイルズさんも必死でしたよね。悲願というのも納得です。けれどそれが心の安寧のため、というのは初耳でした。
ゾイがふと、目尻を下げて優しい顔になりました。とても柔らかな表情で、エドウィン様を家族のように大切に思っているのだとそれだけで伝わってきます。
「愛する者がいるってのは、いない者よりも強くあれる。それにね、常に気を張っていらっしゃるエドウィン様に、少しでも安らぎを与えてくれる人がいればってずぅっと思ってたのさ。彼を慕っている者は、みんな同じ気持ちなんだよ」
エドウィン様に安らぎを……。なんだか、急に責任重大な気がしてきました。
私はただ、とてもかわいらしくて素敵すぎるエドウィン様のお嫁さんになれることが嬉しかっただけで……舞い上がっていて、何も考えていませんでしたから。
自分のことしか考えていませんでしたね、私。しっかりしないと、とは思っていましたし、何でも頑張るつもりではいます。
けれど、エドウィン様の癒しの存在になるというのは些か難しい気がしますよ。
だって私、元気だけが取り柄なんですよ? フワフワで愛らしいお嬢様とは程遠いのです。うるさいかもしれませんし、むしろ安らぎなんて与えられないのでは?
こ、これは少し、考える必要がありそうですね……!
「その悲願がようやく叶うんだ。奥方となるアンタの守りは徹底しなきゃなんない。メイドといえど、いざという時に身を挺して奥方を守れる者じゃなきゃいけないんだよ」
なるほど、ゾイが軍服メイドだった理由はよくわかりました。けれど続く言葉にはビックリしてしまいましたよ!
「あたしはこう見えて、髑髏師団歩兵連隊のトップをやってたんだよ。ババアになって引退したがね」
「ほへい、れんたい……えっ、トップ!?」
なんだかよくはわかりませんが、とても偉い方なのはよぉくわかりました。
えっ、いいんですか? そんな方が私のメイドなんてやっていても!
「それってもしかして、ものすごくお強いのでは」
「ものすごくお強いんだよ。引退したとはいえ、実力はまだまだ現役だよ」
ゾイは右腕に力コブを作ってウィンクをしました。あら、お茶目な……ってそうではなくっ。
「のんびり優雅な隠居生活を送るつもりだったんだがねぇ。エドウィン様がどうしてもとおっしゃるから引き受けたんだ。だが、高飛車だったりワガママだったり世間知らずすぎるお嬢様だったらすぐに帰ってたところだよ」
あ、あれれ? もしかして今、私ったらゾイに見定められていました?
朝食のパンの最後のひと口をゴクリと飲み込んで、私は恐る恐る訊ねます。
「帰っていないと言うことは……もしかして私、合格しました?」
そうだといいのですが。いえ、合格だったとしたらそれはそれで驚きではあります。
私は貧乏貴族の娘ですから、マナーはあまりなっていません。ワガママではないと思いますが、これまで王都の自分の家から外に出たことがありませんから、世間知らずな面はあるでしょうし……。
「馬鹿だね。あたしは雇われの身。そもそも、合格だなんて言える立場にないんだよ。あたしは確かに口が悪いが、世話んなった上からの命令に逆らうほど恩知らずじゃない。どんなお嬢さんでも務める気ではいたさ」
そ、それなら良かったです。嫌だと思う仕事もちゃんとこなすのはプロの証拠ですね!
私も、そんなゾイに仕事をしたいと思ってもらえるような辺境伯夫人を目指さないとですね。
「けど、アンタのことは気に入ったよ。まだどんな人なのかちゃんと知ったわけじゃないけどね、アンタはきっと良いギャレック辺境伯夫人になる。あたしの勘は当たるんだよ」
「えっ」
ま、まさかお褒めの言葉をいただけるとは思ってもみませんでした。いつの間に気に入られたのでしょうか……?
謎です。本当に謎です。取り柄である元気さはまだまだお見せ出来ていないというのに。
驚き、首を傾げる私を見て、ゾイはプッと吹き出して笑いました。そんなに変な顔してましたぁ?
「誠心誠意、務めさせてもらうよ。こんなババアで申し訳ないが、よろしく頼むよ。ハナ様」
「は、はいっ! こちらこそ、よろしくお願いしますね、ゾイ!」
なんだかよくはわかりませんが、こんなにもすごい方に専属メイドになっていただけるのです。私も気合いを入れて頑張りますよ!
まずはこのギャレック辺境伯邸のことを知らないといけませんね。働く皆さんのことも知りたいですし、覚えることはたくさんあります。
私の頭、しっかり覚えてくださいよーっ!
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