ギャレック辺境伯邸④


 あれだけのことがあったのです。微妙な時間帯でしたし、絶対にもう寝られない。

 そう思っていましたがあらビックリ。気付けば陽が昇っておりました。


 ぐっすり眠っていたようです。図太いですね、私。


「あら、お目覚めかい? 未来の奥様」

「え、あ、えっ?」


 ゆっくりと上半身を起こすと、見知らぬ女性の声が聞こえて驚きました。


 顔を向けるとビシッとしたメイド服……ではなく、軍服の上にフリルのついた白エプロンを身に付けた老齢の女性がにこやかに立っていました。

 グレーの髪を高い位置で結っており、身長も高くて只者ではない雰囲気を纏っておられます。


 ……どなたでしょう?


「驚かせて悪いね。あたしはあんたの専属メイドってやつさ。ババアだし態度もなっちゃいないがね!」


 ……軍服のメイドさんは、初めて見ましたね。寝起きなのもあって頭がうまく働きませんが、それよりもなによりも!

 先ほど、なんとおっしゃいました? つい顔が赤くなってしまうじゃないですかぁ!


「み、未来の奥様だなんて、そんなぁ」

「まず反応するとこがそこかい。おかしな子だね」


 両手で顔を覆って恥ずかしがっていると、老齢の女性は呆れたように私を見ました。


 仕方ないではないですか。やっとエドウィン様にお会い出来て浮かれているのですよ、私は。昨日は、あ、あ、あんなことがありましたしっ!


 それにしてもこの方、老齢ではあるもののキビキビしていて、お年を召されたおばあさん、という印象は全くありませんね。まるで二十代の若者のような佇まいといいますか。

 女性に対して使う言葉ではない気がしますが、とにかくカッコいいおばあさんなのですよ! これは雰囲気だけではなく、本当に只者ではないのでしょう。


「改めて自己紹介させてもらうよ。さっきも言ったように、あたしはあんたの専属メイドに任命されたゾイってんだ。エドウィン様直々に言われてね。ま、気軽によろしく頼むよ」

「そうだったのですか! ゾイさんですね。私はこの度、エドウィン様の婚約者となりましたハナ・ウォルターズです。よろしくお願いします」


 気になることは色々とありますが、きっとこれから説明してくださるのでしょう。

 ギャレック辺境伯ともなると、人事も常識で考えてはいけないのかもしれませんし。


 寝起きなのでまだベッドの上でしたが、キチンと頭を下げてご挨拶です。こんな格好で申し訳ありませんが、専属メイドということであれば問題なしです。たぶん。


「あのねぇ、アンタの方が主人なんだ。さん付けも丁寧な言葉使いもいらないよ」


 私が挨拶をすると、ゾイさんはまたしても呆れた目を向けてきました。

 そ、それもそうですね。これからはそういったことにも気を配らなくては。


「えっと、それではゾイ。ですが口調についてはもはや癖なので。これが一番話しやすいのでお気になさらずですよ」


 身に付いた話し方はなかなか変えられませんからね。乱暴な口調というわけではありませんし、その辺りは大目に見ていただきたく!


「はぁ、わかったよ。いや、わからん! アンタ、受け入れが早すぎやしないかい? 目覚めた瞬間、態度の悪い軍服のババアに専属メイドだって言われてさぁ。普通、もっとこう……疑問や不満に思って怖がるか、質問しまくるもんなんじゃないのかい」


 ゾイは両手を腰に当てて、奇妙なものでも見るような目で私を見下ろしていました。


 あ、やはり彼女のようなメイドは普通ではなかったのですね。今の貴族界ではこれが常識、とかだったらどうしようかとは思っていたのですよ。ちょっぴり安心しました。


「色々と気にはなりますが……ギャレック家ではそういうものなのかなって。後で説明してくださると思っていますし。それに、外見や口調や態度だけで人は図れませんから」


 それにエドウィン様はとてもとても優秀な方なのです。そんな方が意味のない采配をするわけがありません。


 私はちんちくりんですが、一応ギャレック辺境伯の妻となる者なのです。そんな相手に適当な人を付けるとは思えないですよ、そりゃ。きっとゾイが優秀だからこそ選んでくださったのだと思います。


 胸に手を当ててハッキリそうお伝えすると、一拍を置いてゾイが急に大笑いを始めました。

 えっ、私ったら何かおかしなことを言いましたかね?


「あっはっはっ! 気が乗らない仕事だと思ったが、誤算だったねぇ! これは楽しくなりそうだ!」


 えーっと。なぜ笑っているのかはわかりませんが、どうやら機嫌が良さそうです。いいことですね! 


 朝食はどうする? と言われたので、時間も遅いことですし部屋で済ませることを伝えると、ゾイはすぐに用意をしてくれました。

 仕事はとても早くて丁寧です。やはりとても優秀な方なのでしょう。


「一応、説明はしとくよ。なんであたしみたいなのが選ばれたのかをね」


 身支度を済ませ、朝食をいただいている間にゾイは詳しく説明をしてくれました。


 仁王立ちで腕を組むゾイはやはりメイドではなく完全に軍人さんですね。堂に入った立ち姿はとてもカッコいいです!

 フリル付きのエプロンが浮いていますが、そんなこともどうでも良いのです。かわいいですし。


「このギャレック領は敵が多い。それはわかるね?」

「はい。承知の上です」


 と自信満々にお答えしましたが、それを甘くみていたために昨日はエドウィン様にご迷惑をおかけしてしまったわけなんですけどね!


 ああ、もっともっと勉強すべきですね。二度と同じ過ちを繰り返さないためにも!

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