ギャレック辺境伯邸③
わ、わ、待ってください。今、そのお顔を近くで直視するのは心臓が止まる恐れがあります!
「? どうした?」
「うっ、その……」
「何かあったら言ってくれ」
こういう時はグイグイきますね、この方は!
本当にお優しい方です。そのご尊顔がもたらす影響をもう少し理解した方がいいと思います。
でも心配させてしまうのが心苦しい。だってこれはただのトキメキですから。
ですがこれは……たぶん、ちゃんと言うまで納得しない感じですね。
仕方ありません。先ほどやめてくれと言われた手前、とても言い難いのですが。
私は渋々と、そして目を泳がせながら口を開きました。
「そ、そのぉ。え、エドウィン様が、あまりにかわいくて、ですね……!」
「…………」
うっ、沈黙が痛いです。やはり馬鹿正直に言うべきではなかったでしょうか。どうしましょう、機嫌を損ねてしまっていたら。
恐る恐るエドウィン様に視線を向けます。と同時に、やや低めの声が響きました。
「また『かわいい』か」
や、やはり言うべきではなかったかもしれません!
ごめんなさい、とすぐに謝ろうとしたのですがそれよりも先にエドウィン様が言葉を続けます。
「そこに悪意がないのはわかるんだが」
急に視界がグルンと回りました。それと同時に背中に感じるベッドの弾力。落ちる影。
何が起きたのかわからなくて混乱していると、こちらを見下ろすエドウィン様と目が合いました。
押し倒されたのだと気付くのに、数秒ほど時間がかかり、急激に心拍数が上がり、口から出てくるのは声にならない声のみ。
「ハナ。俺は男だ。あまり無防備にされると……俺だって、何をするかわからないんだぞ」
「っ!」
先ほどまでのかわいいエドウィン様とは一転して、そこには男の人がいました。
いえ、お顔は相変わらずかわいいらしいのですが……真剣な瞳と、私の両腕を掴む力強い手、そして低い声。
それら全てが大人の男性を感じさせたのです。
不意に、先ほどとは違う動悸に襲われます。
ど、どうしてこうなってしまったのでしょう。怒らせてしまった? いつもとは違う彼の姿に、戸惑うばかりです。
ですが、やはり怖いとは感じません。絶対に抵抗は出来ない、圧倒的な強者に押し倒されているというのに。
それはきっと、エドウィン様の優しさが滲み出ているからでしょうね。
彼は絶対に私を傷付けるようなことはしない、という確信があるのです。さっきベッドから落ちかけた私を支えてくださった時も、あんなに紳士的でしたから。
で、でも、ですね。さすがに私もこの状況はどうしたらいいのかわからなくなってしまいます……!
ですが、そ、そうですよね。私たちは婚約者。結婚はまだ先ですが、こういったこともいずれ、その、することになるのでしょう。
え、まさか、今そんなことにはならないですよね?
というか、エドウィン様ってこんなに色気が出せるんです? 反則じゃないですか? かわいいのに大人の色気を漂わせるなんてっ!
半ばパニックに陥っていると、フッと身体が軽くなるのを感じました。エドウィン様がベッドから離れたようです。
よ、よかった……。あれ以上何かが起きていたら、確実に尊さで失神しているところでした。
エドウィン様は窓に近寄ってカーテンを少しだけ開けました。月明かりが射し込んできます。どうやら外はまだ暗いようですね……。
「……夜明けは近いが、ハナはもう少しゆっくり休むといい」
何ごともなかったかのようにそれだけを告げると、エドウィン様は真っ直ぐ部屋の出口へと向かいました。
お、怒ってはいない、ですよね……?
色んな意味でドキドキしながら上半身を起こしてその後ろ姿を見つめていると、ドアの前でエドウィン様が立ち止まりました。
「……怖がらせたのなら、すまなかった。ただ、さっき言ったことは忘れないでくれ」
「は、はい……」
こちらを振り返ることなく告げられたその声は、先ほどのような迫力のある低い声ではなくなっていました。どうやら怒ってはいないようでホッとします。
はぁぁぁ……。今後はもう、かわいいなどとは言わないように気を付けないといけませんね。うぅ、反省ばかりです。
でも仕方ないじゃないですか。心の叫びはいつ外に出てしまうかわからないのですから。
エドウィン様が退出し、パタンとドアを閉めたところで私は思わず顔を両手で覆います。
「びっ……くり、したぁ」
今になって、急に恥ずかしくなってきました。あんな顔、初めてで……ど、どうしましょう。ドキドキが止まりません。
かわいいエドウィン様に感じる気持ちとはまた少しだけ違った何かを感じます。これは、なんなのでしょう。
もしかしたら、またしてもエドウィン様に恋をしてしまったのかもしれません。同じ人に二度も。
でも、別に不思議ではありません。恐らく今後、何度も同じ思いを味わう気がします。
ああ、エドウィン様はこれから何度私を恋に落とす気なのでしょうか。先が思いやられます。
自分でいっぱいいっぱいだった私は、部屋を出て行ったエドウィン様がドアの向こう側で頭を抱えていることなど知るよしもないのでした。
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