ギャレック辺境伯邸①


 ふと目を開けると、やけに高い天井が目に入ってきました。うちの天井はこんなに高くありませんし、木造ですし……ここはどこなのでしょう?


 パチパチと瞬きを数回。それから起き上がろうとして違和感に気付きました。


 手が、誰かに握られていたのです。その手を辿るように目を動かして息を呑みました。


「えっ、エド……っ!!」


 思わず声を上げそうになって、反対の手で反射的に口を抑えます。

 ダメダメ、今は大声を出してはダメです! 刺激の強すぎるこの光景に、今にも叫びながら床を転げ回りたいのですけど我慢ですよ、私!


 と、とりあえず落ち着きましょう。いえ、まったく落ち着けませんけども。

 ひぃ、待って。どうして? どうしてこんなことになっているのです?


 な、なぜ、エドウィン様が私の手を握りながらベッドに突っ伏して眠ってらっしゃるのですかーっ!? かっ、かわいいっ!! 寝顔がかわいすぎますぅ!


 そうなんです。今、エドウィン様は私の眠っていたベッドに突っ伏す形で、しかも髑髏の仮面を外した天使仕様でスゥスゥと眠っていらっしゃるのですよ!!

 ああ、身体を起こしてもっとよく見たい。寝た状態のままではしっかり見られません!


 落ち着きましょう。無理矢理にでも落ち着きましょう、頭だけは冷静に。スーハー。


 そうして何度か深呼吸を繰り返す内に色々と思い出してきました。


 たしかギャレック領にもうすぐ着くというところで魔物に囲まれ、このままじゃ大ピンチ! という時にエドウィン様がヒーローのように助けに来てくれたのですよね。

 しかも空から! すっごくカッコよかったです!


 って、そうですがそうではなく。


 そこで私、エドウィン様に叱られてしまったのですよね。私の軽率な行動のせいで結局ご迷惑をおかけすることになって……。

 情けなくて悲しくて、ついでに助かったとわかったのがものすごく安心して……。


 そこまで思い出してサーッと血の気が引きました。


 私、やってしまいました、よね? あの場で、思いっきり泣き喚いてしまったのを覚えています。

 そして今ここで目覚めたということは……泣き喚いた挙句に眠ってしまった、ということなのでは? 小さな子どものように。


 えっ、それじゃあここまで運んできてくれたのはほぼ間違いなくエドウィン様で、ここはギャレック辺境伯邸ということで……?


 ひえぇぇぇっ! やっちまいました! やっちまいましたのですよ!

 今すぐ狭めのクローゼットの中に隠れて閉じこもりたいですぅっ!


 ぼ、冒険者の皆さんは、どうしたでしょうか。挨拶もろくに出来ないままお別れになってしまいましたし……。あんなにお世話になったのに感謝の一言も伝えずじまい。これは大失態です。まずいです。


 ああ、大パニックです。頭がパーンですよ。でも、ちゃんと考えなくてはなりませんね。ここで思考を放棄するのは無責任というものです。スーハー。


 チラッと目だけを動かしてもう一度エドウィン様を見ます。薄暗い中でもピンク色のサラッとした髪に光沢があるのがわかって思わず見惚れてしまいました。


 考えなくてはならないこと、色々あります。ですが目下の問題は……この状況ですね。どうしましょう。


 エドウィン様を起こしてしまわないよう、ゆっくりと身体を横に向けました。先ほどよりもエドウィン様がよく見えます。

 握られたままの手の温もりも心地良く、愛おしさが込み上げてきました。同時に、申し訳なさも。


 そう思っていたら無意識に手が伸びました。たくさん迷惑をかけてしまって、ごめんなさい。


「エドウィンさ、ま……ひゃあっ!?」

「っ!!」


 小声で囁きながら髪に触れようとしたその瞬間、思いっきりその手首をガシッと掴まれてしまって悲鳴を上げてしまいました。

 エドウィン様がパッと目を開けて身体を起こしたので、私も少し上半身が浮いている状態です。


 す、すごいお力ですね……!? 痛くはありませんがビックリしすぎて呼吸も止めてしまいました。


 おかげで今の私は左は手を、右は手首をしっかり握られたままエドウィン様のお顔を至近距離で見ることになっているのです。


 ひゃ、ひゃああぁ……美しすぎる、かわいすぎるぅ……!


 私はやっとの思いで息を吐きながら声を漏らしました。


「ち、近い、ですぅ……っ」

「は、ハナ!? え、わ、すっ、すまないっ!!」


 顔が真っ赤になっていると思います、私。でも、状況に気付いて慌てて手を離したエドウィン様も真っ赤なのがわかりました。


 かわいい……って、浸っている暇もなく。


 そう、手を急に離されてしまったのです。しかも、ベッドから立ち上がって離れながら。


 私は上半身を少し起こしながら手を掴まれ、軽く浮いていたという中途半端な体勢だったわけでして。つまり。


「きゃ、あ……っ」


 ベッドから落ちる!

 支えを失ったことでバランスを崩し、そのまま床に落ちるかと思いました。思わず目をギュッと閉じて全身を硬直させます。


 ですが、衝撃はほとんどありませんでした。

 こ、れは。……床に落ちていた方がよかったかもしれません。


「ハナ! 大丈夫か!?」


 反射神経の良すぎるエドウィン様によって、抱き止められていたのですから。


 っきゃあああ! 先ほどよりも近い! 密着してますぅ!!

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