恋は意外に突然に⑤


 というわけで、私はその優しさに付け込もうと思います! 

 一目惚れしていますからね、ここはグイグイいくべきでしょう。

 ご近所の奥様方が「いい男を見つけたら絶対に逃がすんじゃないよ!」と言っていましたから。


「ひとつ、頼みがございます」

「! 言ってくれ。出来る限りのことはする」


 ふっふっふっ。言質、取りましたよぉ? これ以上ないほどのお返事をいただきました。

 では、満を持して。


「仮面を、取っていただけませんか?」

「そ、それは」


 素顔が見たい! とても見たい!

 ただそれだけなのですが、きっとこれが難しいのですよね、この方の場合。


 いや、私も化粧という仮面を被っているわけですが。お望みとあらばこの化粧だって落として素顔を晒しますよ? お目汚しになるだけですけれども。


 案の定、やや拒否気味の反応を見せたギャレック辺境伯様でしたが、ここは一気に畳みかけます。

 恋は戦! 逃すないい男! という奥様方の声援が脳内で聞こえてきます。初恋なので、初陣ですよぉ!


「ギャレック辺境伯様。婚約したら、いずれは夫婦になるのですよね? 私たち」

「そ、そうなるな」

「それなら、仮面のまま素顔を知らないというのは問題ではないですか? 色々と不都合も出るでしょうし……」


 いくらなんでも、妻が夫の素顔を知らないのは問題だと思うのですよ。

 そりゃあ、全ての秘密を曝け出す必要はありませんよ? 貴族家ですし、秘密の一つや二つや十や百くらいあるのが普通です。

 よくは知りませんのでイメージですけど、でもせめてお顔くらいは知っておきませんと。


 私は、彼の素顔を見たいという欲求のままにさらに言葉を続けます。


「引き延ばせば延ばすほど、タイミングを失うものですよ? 大丈夫です。私はギャレック辺境伯様がどんなお姿でもありのままを受け止めますから!」


 やや引かれているのを感じます。めげません。立場? 無礼? 今は忘れてしまいましょう、そんなこと。後でいくらでも謝りますから!


 でも、その。ちょっとだけ、やり過ぎたかな? なんて思ったり思わなかったり。

 一度そう思ってしまったら急に申し訳なくなってきました。やはり正直に話すべきでしょう。


「あの、ごめんなさい。本当は私が見たいだけなのです。ギャレック辺境伯様のお顔を……ダメ、ですか……?」

「っ……!」


 ちゃんと本音もお伝えしました。なんとなく、フェアじゃない気がしましたので。

 ただ、ものすごく恥ずかしいことを言ってしまった気がします。か、顔が熱いです。


 しばらくの間、沈黙が流れました。


 はぁ……これはもしかすると、拒否されてしまうかもしれませんね。下手をすると婚約さえ断られてしまうかもしれません。ああっ、やりすぎたでしょうか。初恋は儚く散るのでしょうか。


 いえ、後悔はしませんよっ! もしそうなったらマイルズさんに泣きついて意地でも婚約を結んでもらいましょう。彼は味方になってくれる予感がしますし。勝手な印象ですけれど。


「え、エドウィンだ」

「え?」


 少々過激な思考になっていた時、予想外の言葉がギャレック辺境伯様から告げられました。

 ど、どういう意味でしょう? それは、彼のお名前ですよね?


「その、ギャレック辺境伯というのは、些か他人行儀だろう? 名前で、呼んでくれないか」

「お名前、で」


 なぜ、突然そんな話になったのでしょうか。


 も、もちろん、否やはありませんとも! 彼の名前を呼ばせてくれるなんてこれ以上ない喜びですから! 出来れば私も名前で呼んでもらいたいですし……。


 ただ、驚いてすぐには言葉を返せず……ハッ、もしかして!?


「……それは、素顔を見せるための交換条件、でしょうか?」

「……そう受け取ってくれて、か、構わない」


 なんってかわいいことをーっ!


 思わず片手で額を抑えて天を仰ぎます。もう、私のキュンメーターが振り切っていますよ! 余裕で条件を飲みますよ! むしろこちらが呼ばせてほしいくらいですから!


 はぁ、はぁ。落ち着きましょう。むしろ得しかない交換条件を冷静に受け止めてみせるのよ、ハナ・ウォルターズ。


「では、その。エドウィン様……? どうか私に、お顔を見せてください」


 ドキドキしながらお名前を呼ぶと、ビクッと身体を一瞬震わせたエドウィン様。それから戸惑いながらも、震える手で仮面に手を伸ばしました。


 はぁ、もうそれだけで愛おしいと感じてしまいますね。完全に心を奪われています。私ったらちょろいですね!


 仮面を外す動作がスローモーションに見えます。待ち遠しくて仕方がありません。

 ですが、私はひたすら我慢して彼の素顔が見えるのを待ちました。


 仮面の隙間からサラッとしたストロベリーブロンドの髪が落ちました。なんて綺麗な髪……。

 そうしてようやく見えたお顔を見てハッと息を呑み、私はまたしても目を奪われたのです。


 少し長めの前髪と横髪に、スッキリとカットされた襟足。不安そうに揺れる大きな淡い水色の瞳は恐る恐るこちらを見ています。長い睫毛と、バランスよく配置された鼻に口。


 エドウィン・ギャレック様の仮面の下には、とってもかわいいお顔がありました。


 どんなご令嬢よりもかわいいと思います。そう、本当にかわいいんです。


「な、何か言ってくれないか」


 しかも恥ずかしそうに顔を真っ赤にする様子がまた本当にかわいらしくて、私は何も考えずに息をゆっくり吸い込みました。


 なんと言いますか、もはや叫ばずにはいられません。令嬢としてははしたないと思いますが、私としてはこれまでよく耐えたと褒めたいくらいなので許してください。


 これは、私の魂の欲求っ!


「エドウィン様! 私と結婚してくださいっ!!」

「はっ!? は、はい……?」


 呆気に取られたようなお顔もまたかわいらしい。私の脳内で、リンゴーンと鳴る教会の鐘の音が響いたのでした。

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