恋は意外に突然に④


 頭にすっぽり被るタイプの仮面でしたのでお顔は全くわかりませんが、そこまで怖がる意味がわかりません。不審といえばまぁ不審ではあるのですけれど。


 ただ私には、お祭りで子どもがお面を被っているかのようなイメージが湧いてしまって微笑ましく見えてしまって。


 それと、なぜだか惹きつけられる何かを感じるのです。逃したらダメだと、心の奥の私が叫んでいるといいますか、運命を感じるといいますか。


 身長は……私より少し高いくらい、でしょうか。お父様たちにはもっと大きな方に見えていたのかもしれません。目線が上の方でしたし。


 もしかしたら、畏怖を感じるような幻影の魔法がかかっていたのですかね? とにかく、私には魔法が効かないのでそういった幻影の類も影響がないのでしょう。


「……俺が、怖くない、のか」

「!」


 目の前に立つ青年が、初めて声を発しました。

 やっぱり、先ほど一瞬だけ聞こえた声は彼のものだったようですね。涼し気で、爽やかで、低すぎない柔らかな声。

 恐ろし気な仮面とのギャップがすごいです。でも、声を聞いただけで彼がとても優しい人なのだろうことがわかりました。


 先ほどまでの緊張はどこかへ行ってしまったようです。彼の質問に、私はいつもの笑顔を心掛けて明るく答えました。


「はい、ちっとも!」

「っ!」


 ギャレック辺境伯様は驚いたように声を詰まらせ、半歩下がりました。動揺しているのでしょうか。いつも怖がられ、逃げられてばかりなら、こういった反応を返された時に戸惑うのも、まぁわからなくもないです。


 でもせっかく二人なのですから、私の方からいくつか質問をさせてもらいましょう。

 立ち話もなんですし、私は向かい側のソファーを勧めます。ギャレック辺境伯様は戸惑いながらも腰を下ろしてくれました。


「不躾な質問かもしれないのですが、聞いてもいいですか?」

「か、構わない」


 ……なんだかこの方、かわいらしくないですか? 薄々、そんな気がしていたのですよね。反応が初々しいと言いますか、助けてあげたくなるといいますか。

 自分より十歳も年上の男性相手にこんなことを思うのも失礼なのはわかっています。でも、やっぱりそこはかとなくかわいらしい雰囲気を感じるのです。


「いつも魔法を纏っていらっしゃるとお聞きしたことがあります。なぜ、恐れられるとわかっていて魔法を纏うのですか?」

「魔法……魔圧についてか? それとも、幻影についてだろうか」


 あらら、その二つは別物なのですかね?

 私、自分に関係がないからか魔法のことはさっぱりわからないのですよね。なので、当たり障りなく出来れば両方を、と答えます。


「魔圧は……わざとでは、ないんだ。情けない話なんだが、初対面の者と対面するとどうしても抑えられなくなってしまう」


 それって、もしかして。


「……ギャレック辺境伯様は、人見知りなのですね? 緊張で強張ってしまうということですか」

「い、言うな」


 照れてるっ!? かわいいっ!

 なんでしょう、胸に湧き上がるこの想い。キュンキュンします。母性本能をくすぐられるというのはこういうことなのかもしれません。十歳も年上ですが。


「幻影については、この仮面の効果だ。私は、外見で侮られがちだ。少しでも威厳を保つためにこの仮面の効果が必要になる」


 それにしてはあまりにも恐怖を煽るデザインすぎる気がするのですけれど。というか、その仮面さえなければ、これまでだって婚約が破談になることはなかったのでは?

 そんな疑問が顔に出ていたのかもしれません。ギャレック辺境伯様は言葉を続けます。


「そ、それに、これがないと、とても人前には出られない……! こうして話すことも難しくなる……」


 キューン、と胸がさらに高鳴りました。極度の恥ずかしがり屋さん!

 厳つい髑髏仮面の超有能領主様が、ものすごく照れ屋さん……!


 ああっ、心臓がドキドキします。こ、これは。これはもしかして私、畏れ多くも彼に一目惚れしてしまったのでは?


 これが、初恋……?


 はっ、そうと気付いたのなら早めに確認をしなければなりませんね。

 私は一度姿勢を正し、再び質問を口にします。


「……ギャレック辺境伯様。今更ではあるのですが、本当に私と婚約するつもりがありますか? うちはご存じの通り貧乏貴族ですし、私は飛び切り美人でもなければ、マナーに関しても疎いです。貴方が恥ずかしい思いをしてしまいませんか?」

「そ、それはない!」


 ギャレック辺境伯様は食い気味に否定してくださいました。わりと強めに。その勢いに驚いて目を丸くしていると、彼は慌てたように身体を縮こませます。その仕草もかわいらしい……。


 っと、今はそうではないですね。私は別に自分を卑下したつもりはなかったのですが、彼にはそう聞こえてしまったのでしょうか。だとしたら気を遣わせてしまって申し訳ないです。


 さてどうしましょう、と考えていると、先にギャレック辺境伯様の方から理由を話し始めてくれました。


「こちらから頼んでいるのだ。受けてもらえるというのなら、貴女に不自由をさせるつもりはない。それに……誰でもいいとは、思っていない。少しでも理解してくれる者がいればと、貴女に希望を見出した。そして今、もしかしたら可能なのではないかと思っている」

「それは、私がギャレック辺境伯様と普通に会話をしているからでしょうか」

「そ、そうだ。自分本位な理由で、幻滅させただろうか」


 きっと、彼には彼なりの事情というものがあるのでしょう。人見知りという以外にも何かがあるのかもしれません。

 それを理解してもらう前に、先に逃げ出されてしまうのだから説明のしようもないということだったのでしょう。


「幻滅なんてしません。何か理由があったのでしょう? それにせっかく私にはその魔圧も幻影も効かなかったのですから、とことん利用してくださって構いません」

「り、利用などと! ただ、貴女にとっては断りにくい状況を作ってしまったのは事実だ。それについては申し訳ないと、思っている……」


 我が家への援助の話ですかね? 負い目を感じている、ということでしょうか。私が身売りすることになったとお考えなのかも?

 貴族同士の婚姻なんて互いの利益のためであることが当たり前なのですから、気にすることではないのに。むしろ、援助してもらうのはこちらなので感謝したいくらいです。


 真面目、なのでしょうね。そして、やはりお優しい。

 胸のキュンキュンが止まりません。初恋って、こんなにも心臓が締め付けられるものなのですね。初めて知りました。

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