12.
6月、梅雨前線が日本にかかり雨が降る日が続く梅雨の季節だった。春が終わり夏に向けて気温も上がって来ており日に日に蒸し暑くなっている。
私にとっては体の弱さも相まって必ずと言っていいほど体調を崩すので嫌いな季節のひとつだった。
今日も頭痛に襲われて目が覚めると頭を押えながら体を起こした。
「体がだるいなぁ」
ぼんやりとする頭を必死に働かせて時間を確認した。
「6時半……」
いつもなら学校に行くための準備を始めるところなのだが頭も痛くダルさを感じるこの体で立ち上がる気にはなれなかった。
「
ゴソゴソと動いてる音が聞こえたのだろうか?隣の部屋で朝食を作っているらしいお父さんから声をかけられる。
「うん。起きたよ。でも体調が悪いみたい」
「そうか……今日は学校休むのか?」
「そうするつもり」
そのまま会話が途切れると私はまた布団に横になった。
普通の人がこの会話を聞けばお父さんに対して『娘の心配はしないのか?』とか『これで会話終わり?』とか言われそうだが別にお父さんが私を愛していないからとかでは無い。
逆にお父さんは私の事を誰よりも愛してくれている。毎日私のために早起きしてご飯を作り体の弱い私を仕事に行く前に学校まで送ってくれるのだ。
お母さんがいない分お父さんが家の事を全部やらないと行けなくてすごく忙しいはずなのに1日も休むことなく毎日それを続けてくれている。
いくら父親とはいえどこかで1日くらい休みたいと思ってもおかしくないはずなのだ。だと言うのにそれを続けてくれるお父さんには感謝しか無かった。
そんなお父さんだから多少口下手なところがあっても全く気にならなかった。
「じゃあ仕事行ってくる」
お父さんが家を出るとすぐに車の音が聞こえ仕事に向かったことがわかった。学校にもお父さんが連絡を入れてくれたので私はそのまま眠りにつく事にした。
次に目を覚ますと11時をすぎていた。普通の学生なら4時間目の授業を受けている頃だろう。
さっき起きた時よりは少しマシになっていたので身体を起こすとキッチンと食卓がある隣の部屋に向かった。部屋に入るとテーブルの上のラップされた卵がゆと文字が書かれた紙が目に入った。
紙に書いてあった内容はお昼ご飯のことで作る時間がなかったので冷蔵庫にあるうどんを隣の家に住むおばさんに作ってもらうように頼んだというものだった。
「さすがに過保護すぎだよ。いくら私でもそれくらい自分でできるって」
少し呆れながらお父さんの作った卵がゆを口に入れる。
ちょうど今の私が食べやすいご飯のやわらかさですぐに完食できた。
「お父さん昔は料理下手だったのに最近上手になってきてるしすごい努力したんだなぁ」
私もいつか恩返ししたいなと思いながら薬を飲んで布団に横になったが、ずっと寝ていたのもあって中々眠れなかった。
することも無く退屈でぼんやりとスマホを眺めていると何やら天気のアプリから通知が来た。
「えっ、今日10時半から警報出てる。お父さん大丈夫かな?」
外を見て見ると台風並に激しい雨が降っており、警報が出てるのも納得だった。
心配になりながらスマホの画面をスライドさせていると突然玄関チャイムがなった。
こんな雨の中誰が来たのだろうかと疑問に思いながら玄関扉を開けた。
そこには私の高校の制服を着た青年がいた。顔を時々見かけることがあるし多分同じ2年生なんだろう。しかし、青年とは話したこともなければ名前も知らないのに突然こんな雨の中なんの用事があって家を訪ねたのだろうか?
「えっと、
「うん。合ってるけど君は?」
「えっ?あっ、あぁ、えっと、
やっぱり同い年だったか。
って、そうじゃなくて。
「どうやって私の家を知ったの?あと、なんの用事で来たの?」
「あー、やっぱりそういう反応になるよね。阿久津さんの家は
そうやって、紙袋を見せてくる桜井君の様子に嘘はなさそうだ。というか小春に幼なじみなんていたんだ。知らなかった。
私の家が小春の家の帰り道にあったこともあり私が休むといつもプリントを届けてくれている。しかし私の家の前は道が狭く、車が止まると他の人の迷惑になるため止めることができない。そのため小春が車で迎えに来てもらう時だけはプリントが家に届けて貰えず大切なプリントがあっても普通の人より1日遅れて持って帰っていた。
「なるほど。ありがとうね。桜井君」
紙袋を受け取ると明らかに重くプリント以外にもなにか入っていることがわかった。
中を見てみるとファイルされたプリントと袋に包まれたリンゴとブドウが一緒に入っていた。
「これって……」
「あー、小春がさ。なにかお見舞い持っていかないとって用意してくれたんだ」
「あっ、そういうことなんだ。ありがとうって小春に伝えといてもらえる?」
日向は「分かった」と残してその場を去ろうとしたが私はそれを呼び止める。
「桜井君、こんな雨の中プリントと重たい果物を持ってきてくれてありがとうね」
私がそう告げると何やら桜井君は顔を赤くして逃げるようにその場を去っていく。
家に入りまずは今日貰ったプリントを確認する。
「うわっ、今日入試対策小論文問題の教材販売のアンケートプリント貰ってきてるじゃん」
小論文問題の教材は合計で4種類ありその中からどれが欲しいか選ぶという形式が取られているのだがそのアンケートの提出の期限が明日なのだ。
これほど急なことはほとんどないので多分先生が今まで配るの忘れてたんだなと呆れてきた。
というかこれ今日桜井君が持ってきてくれてなかったら絶対遅れてたよね?先生どうするつもりだったの?
「それもどれがどう言った入試を受ける人に必要とか説明も聞いてないのにどれか選べは無理でしょ」
溜息をつきほかのプリントも漁っていく。ほかは学校通信であったり今後の日程表だったりでそこまで重要では無かったのでそこは安心だった。
「あれ?何この小さい紙?」
全部ファイルの中身は取りだしたと思ってたのだが何やら小さい紙がまだ残っていたらしい。
それを広げてみると何やら小論文問題の教材の選び方が書かれていた。それも自筆みたいで誰かが私の為に書いてくれたのだろう。
「小春?ではないよね?こんな字じゃないし。そうなると桜井君?いや、でもクラスも違うのにここまでしてくれるかな?普通」
色んな疑問が浮かんできたが今考えたところで何も解決出来ないので忘れることにした。
「小春に明日お礼言わないとね。りんごとぶどうありがとうって」
最近果物の価値が高騰していてすごく高いので高校生のお財布では買うのは躊躇われるはずだ。そんなものを買ってきてくれたのだから私も今度なにか返さないとな。
そんなことを思いながらせっかく貰ったんだしとブドウを食べることにした。
「あっ、このブドウ種ないんだ」
種がなく皮もスルッと剥けるのでとても食べやすかった。
「ご馳走様でした」
半分ほど食べると残りはラップにくるんで置く。
さっき朝ごはん食べたばかりでそんなに食べれそうになかったので夜に食べるため冷蔵庫に入れると小春にメッセージを送る。
『今日果物ありがとうね。桜井君から聞いたよ』
メッセージにすぐ既読が付くと5秒程で返信が来た。
『果物?私そんなの送ってないよ。そもそも家にそのまま連れ帰られたのに買う暇なんかある訳ないじゃん』
えっ?と私はその場で固まった。
だって桜井君は小春が用意したって言ってたじゃん……あれ?でも確かに学校でプリントを受け取ってるはずだから桜井君が果物を小春から受け取るタイミングないよね。えっ、じゃあ桜井君がわざわざ家に来る前に買ってきたって事?
そんなことを考えてるとまた小春からメッセージが来たようで画面を開く。
『それ多分日向が用意したやつだよ』
私と同じ結論に至ったらしい小春の文章を見て私は顔を青くする。
『私小春がくれた物だと思ってたから桜井君に果物買ってもらったことお礼言ってない!?どうしよう!?』
私が焦ったように文章を打つとすぐに返信が返ってきた。
『あいつがカッコつけたくて勝手にやった事なんだから晴奈は気にしなくいていいよ』
『でも……』
『そんなに心配ならほれ…これ日向の連絡先』
何やら桜井君の連絡先を送ってくれたようでそれでお礼を言えばいいということらしい。
『でも、このアプリお互いが友達登録してないとメッセージ届かないし向こうは気づいてくれるかな?』
『私から晴奈に連絡先渡したこと言っとくから今日の夕方には友達登録してくれると思うよ』
何もかもしてもらって申し訳ないなと思いながらスマホを眺めていると、今日の桜井君との会話を思い出し気になっていたことを聞いてみることにした。
『そういえば小春に幼なじみなんていたんだね』
『いや、まぁ、幼なじみっていうか腐れ縁?生まれた病院が一緒で時期も近かったから母親同士が仲良くて小学校入る前まではよく交流があったんだよね。でも日向のお父さんが転勤になって小学校入学と同時に神奈川に引っ越すことになったからそっからは全く連絡を取り合わなくなったんだけど』
『あー、ね。それで最近になって帰ってきたってこと?』
『最近というか高校入学と同時にこっちに帰ってきたんだって。お父さんの仕事場所が2年間こっちになったって』
2年かぁ。
今は2年生の夏だしあと半年ちょいくらいなのか……。
桜井君は今日話した感じいい人そうだし、あと半年でいなくなるのかと思うと少し残念に思えた。
よし!学校に行ったら今度は私が桜井君になにかお礼をするぞ!
私はいつも誰かにしてもらうばかりでお返し出来ること自体が少ないので今回くらいはお返しできるようにしようと決心した。
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