新しいお菓子を作ろう
第11話甘すぎるお菓子
「ここは本当に、お花が美しいですわ」
そう言ってアイリーン夫人はソーサーの上から白磁のティーカップを手に取る。
「庭師も喜ぶと思いますわ」
そう言ってアイリーン夫人よりも先に口を付けていたティーカップをソーサーの上に置いた。
「……なんで私までここに居るんだろう……」
白金色のクセっ毛の長髪の少女。スヴェトラーナは不満げな表情を浮かべている。
「いつまでも逃げられるモノでもないでしょ? 昔からスヴェは、人見知りして直ぐに逃げ出そうとするんだから……」
「ぐっ――――!」
「まぁまぁw 時間はあるんですから、私達はお茶でも楽しみましょう? ユーサー様は優秀ですから、魔法も案外簡単に習得してしまう可能性はありますが」
そう言ってアイリーン夫人は一口。紅茶を口に含む。
周囲には色とりどりの花々が360度一望でき、その種類も多い。足元は綺麗な赤レンガが敷き詰められていて、その上にあるのは日除けの屋根が付いた西洋風
骨組みや柱と屋根だけの簡易的な建物で、現代日本人にイメージさせるのなら貴族の令嬢が庭園でお茶を楽しんでいる日除けの建物だ。
簡素とは言っても流石は公爵家、柱はパルテノン神殿のような白い大理石を使っており、さながら18世紀の英仏で流行ったみられる装飾用の建物であるフォリーのような遊び心を感じる。
アイリーン夫人は俺の乳母であるが、外国から嫁いできた。母シルヴィアの数少ない茶飲み友達でもある。そして同じく数少ないスヴェトラーナにも、アイリーン夫人と良好な関係を築いて欲しいようだ。
ベリンダは鎖骨まで伸びたその美しい茶色のミディアムヘアを纏めるためかカチューシャを付けている。男勝りで活発なため邪魔にならないように、との
ただそんな可愛い女の子が目の前に座っていてすら、ユーサーにとってはこのティータイムは苦痛でしかない。
前世では甘い物は好物だった。
例えば今、目の前に並べられているショートケーキ?も好物の一つであったのだが……これをショートケーキとは呼びたくない! 別のナニカだ。
甘い!兎に角甘いのだ。
知識として知っているアメリカンスイーツか、ふざけるな!
権威付けのためなのか分からないが、味の調和を考えていない!
生クリームやスポンジ生地までが異常に甘い、せめてトッピングのフルーツで口直しできればまだ救いがあったのだが、保存の為か砂糖漬け。
ベタ甘な上、ニチャっとした砂糖の食感が口に広がる
俺には耐えがたい苦痛だった。
甘いだけでないお菓子が欲しいと願ってしまう。
アイリーン夫人はこう言う物だと割り切っているのか、存外平気な
シルヴィア母さんは、酸味や果汁を感じるフレッシュな果実のタルトを食べているお陰か、俺の様に表情を曇らせてはいない。
一番可愛そうなのは、明らかに美味しくなさそうにケーキや焼き菓子を食べている。スヴェータとベリンダである。
二人ともあまりフォークが進んでおらず。白磁の皿の上には、7割がたケーキが残っている。
「スヴェータ、フォークが進んでいないようだけど、苦手なモノでも入っていたかしら? スヴェータは、甘い物好きだったでしょう?」
シルヴィアは悪気無く言っているのだろう。
スヴェータや俺達子供は大人に比べて舌が鋭敏で、酸味、辛味、苦味、エグ味と言ったモノを敏感に感じるのだ。砂糖漬けの果物よりも、生の果実やドライフルーツの方が、美味しいと感じるだろう。
「甘いものは好きなんだけど……甘すぎるのよねこのお菓子……」
「「「「……」」」」
シルヴィアも夫のパウルやスヴェトラーナと一緒に、昔は冒険者として旅をしていた身なのだから、このお菓子が甘すぎるという事は理解している。
当然、名門子爵でしかないアイリーン夫人も、子爵家で食べられるお菓子よりも甘いので、美味しいとは思っておらず。贅沢品とはこう言うものだと言う認識でしかない。
つまりは、誰も美味しいと思って食べていないのだ。
「スヴェータ、本物の貴族のお菓子はこう言う物なのよ。
美味しい美味しくないではなく、家の家格に見合った見栄を張るための道具でしかないのよ」
「そう言う物なんだ……」
お茶会と聞いてテンションの上がっていた。スヴェトラーナにとっては残念な事だったのだろう。
「気に入らないなら、ご自分で御作りになられればよろしいのでは?」
アイリーン夫人は、チクりとスヴェータにお小言を言う。
別にこれはスヴェータに嫌がらせをしている訳ではない。
自分の娘と公爵家の子供に対して、余計な知恵を付けさせないようにと言う乳母としての判断だ。
「大変良いお考えですね。ではユーサー、リンダも私と一緒に美味しいお菓子を作らない?」
しかし、アイリーン夫人の釘差しはスヴェータには分からなかったようで、公爵家の公孫と子爵家の子女を誘っているのだ。
アイリーン夫人にとっては、「お前には無理だろう」と高を括って冗談で言ったお菓子作りに、大事な子供達を付き合わせるのだ。
たまったモノではない。
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