第25話 犯人発覚

「……まあいいわ」


 ノルンは僕の返事に納得していない様子でそう言い、続けて、


「そう言えば、クロはどうして十階層なんかにいたわけ? クロたち二人と、あとあの死体の男の三人だけで階層主と戦おうなんて、無茶にもほどがあるんじゃない?」


 僕は死体の男は仲間ではないこと、上層で中層モンスターのヘルハウンドに襲われたこと、十階層で起きている異変を調べる特別依頼をホーラとともに受けたことなど、十階層で階層主と戦うことになった経緯について話した。


「ふうん。色々あったのね」


 今思えば、三階層に現れたヘルハウンドは、偵察を目的に送り出された個体だったのだろう。


 集団で行動するヘルハウンドが一体だけで行動する理由は、偵察くらいしか考えられない。


 一日経ってもその偵察個体が中層に戻って来ないものだから、ヘルハウンドたちは十体を超える集団で慎重に上層の様子を見に行こうとして、そこに運悪く僕たちが出くわしてしまったというわけだ。


 ノルンは顎に指を当てて、


「上層の階層主がいなくなったことで、中層のモンスターが上層に、ね。そこまで考えてなかったわ」


 ん? 今の言い方だと、十階層の階層主の不在を引き起こした張本人が、ノルンであるように聞こえたんだけど……。


 そのことについて問うと、


「階層主がしばらく不在だったのは、私が原因だから」


 ノルンはあっさりと自分の仕業だと認めた。


「え、ノルンが犯人だったの⁉」


「犯人って言い方は好きじゃないわ。私は別に悪いことをするつもりは、これっぽっちもなかったもの。そりゃあ階層主がいなかったせいで、クロが男に十階層に連れてこられてボコボコにされたことに、ちょっぴり申し訳なさを感じなくはないけどね」


 なるほど。さっきノルンに感謝の気持ちを伝えたとき、彼女が浮かない顔をしていたのは、僕に対して申し訳なさを感じていたからか。


 十階層で男にボコられたのは、僕の不注意だし、ノルンが責任を感じる必要は全然ないのに。


 でも、まさかノルンが関係していたなんて!


 てっきりダンジョン自体に何か異変が起きているのかと思っていたけど、そうじゃなかったみたいだ。


 特別依頼の報告もあるし、ノルンにはちゃんと話を聞いておかないとな。


「なんで階層主を不在にしようと思ったの? ていうか、その方法は?」


 僕の質問に対して、ノルンははっきりと答える。


「階層主を不在にした目的は、ある仮説を検証したかったからよ」


 ある仮説?


「内容については教えられないわ。……特に化石ハンターであるクロにはね」


 化石ハンターと、今回の件。何がどう関係するのかさっぱり分からない。


「階層主を不在にした方法についても同じね。教えるのは無理」


 ノルンは頑固だから、一度こう言い出したら、聞き出すのは諦めるしかない。


「僕たちが十階層にいたときに、階層主が復活したのは、たまたま?」


「それはたまたまね。クロたちの運が悪かったとしかいいようがないわ」


 ノルンはそう言って肩をすくめる。


「……本当に、悪いことをするつもりはないんだよね?」


「ないって言ったら、ないわ」


 彼女の言葉を信じるしかない。


 あと確認しておくことは――。


「もう階層主の復活が変に遅くなることはないって考えて大丈夫? それともこれからもその“仮説の検証”とやらをするつもりなの?」


「仮説の検証はもう終わったわ。これからは今まで通り、上層の階層主は一日で再誕する」


 それなら安心して組合に報告できる。


 報告に行くときにノルンも一緒に来てほしいんだけど、とお願いすると、


「嫌よ。それと組合には私がやったって言わないで」


「え、どうしてさ」


「今の段階でアレコレ訊かれると面倒だから。時期が来たら私から話すから、クロは黙ってて」


「でもそれだと、組合に報告できることがなくなっちゃうんだけど……」


「別にいいじゃない。――なに? クロは私のお願いよりも、組合の依頼を優先するわけ?」


 ノルンがぐいと顔を近づけてくる。


 彼女の目がまっすぐに僕を見つめている。


「……分かったよ」


 僕には彼女が後ろめたいことをしているようには見えなかった。


 任務達成報酬の大金を当てにしていたホーラには申し訳ないけど、組合には「階層主の復活が遅れていた理由は分かりませんでした」と伝えよう。


 ノルンは僕の答えに満足したのか、「それでこそクロよ」と言って顔を離す。


 そのまま身を翻して僕に背を向けると、


「ま、何にせよ目を覚ましてよかったわ。折角助けたのに目を覚まさなかったってなったら、私の寝覚めが悪いもの」


 ノルンは部屋の出口へと歩を進める。


 そのまま出て行くのかと思いきや、「あ、そうだ」と言ってノルンはこちらを振り返った。


「これ、クロにあげるわ」


 彼女の手から放り投げられたそれは、放物線を描いて、太ももの上に置いていた僕の手の中にびったりと収まる。


「私が下層で掘った化石よ。さっさと怪我を直して戻ってきなさい」


 見れば、五センチほどの小さな石だった。


 その断面には、僕の見たことのない化石が――ってこれ!


「ノルン、これって……」


 僕が顔を上げたときには、彼女はすでにいなかった。


 どうやら帰ってしまったみたいだ。


 僕は再び手の中の小石を見た。


 それは、僕が階層主と戦って諦めそうになっていたときに、僕の目の前に転がってきた石だった。


 これがノルンの掘った化石だったってことは――。


「……次に会ったときには、『ありがとう』って伝えないとな」


 僕は彼女がくれた化石を、心行くまで眺め続けた。

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