第24話 かつてのパートナー
目覚めると、ベッドの上にいた。
見慣れない天井。
ここはどこだろう。
体を起こそうとすると、全身に痛みが走った。
「安静にしときなさい」
声がしたほうへ目を向けると、一人の女の子が部屋の壁に背を預けて立っていた。
肩ほどで切り揃えられた綺麗な白銀の髪に、全てを見通すような理知的な碧眼。
何よりその懐かしい声を、僕が忘れるはずがなかった。
「……ノルン」
彼女の名前は、ノルン・シュベリア。
僕と同じ化石ハンターだ。
歳は僕より一つ上で十二歳。すでに魔力成長期を迎えていて、並の大人よりも遥かに多くの魔力量を持っている。
若いながらも、その膨大な魔力を活かして、ダンジョンの深くまで潜っている第一線の化石ハンターだ。僕の尊敬する化石ハンターでもある。
一時はパーティを組んで化石掘りをしていたけど、ノルンの魔力が十歳の頃に急激に増え、ダンジョンで僕が足を引っ張ることが多くなってしまった。僕は何とかして彼女に追いつこうとしたけど、「これ以上は一緒に潜れない」と言われ、パーティは解散になった。
僕の実力不足でノルンには辛い選択をさせてしまった。今でも申し訳なく思っている。
それから僕たちは別々にダンジョンに潜って、化石を掘り始めた。
僕は街中やダンジョンでノルンを見かけたときには、声をかけた。
だけど、彼女は僕を一瞥するだけで返事をすることはなかった。
ノルンは僕みたいな弱い化石ハンターに話しかけられるのが嫌なのかもしれない。
そう思い至ってからは、声をかけるのをやめた。
もちろんノルンのほうから僕に声をかけてくることもなかったので、僕たちは自然と疎遠になっていった。
「どうして、ノルンが……?」
だから僕は今、目の前に彼女がいて、しかも話しかけてくるなんて――と驚いていた。
あれ、そもそも僕はどうしてベッドの上で寝ていたんだ?
さっきまで、僕たちは階層主と戦っていて……。
そこまで考えたところで、僕は大切なことを思い出した。
「ホーラは⁉」
そうだ、僕は彼女と一緒に上層の階層主と戦った。
ぎりぎりのところで階層主を倒したところまでは覚えているけど、そこから先の記憶がなかった。
ホーラは今どこにいるんだ?
「クロと一緒に転がってた金髪の女の子なら無事よ。別の部屋で休んでるわ」
ノルンは僕、セレ・クロニクのことをクロと呼ぶ。
初めて会ったときに「セレは呼びにくい」と言われ、それ以来ずっとクロだ。
「ホーラは無事なんだね。よかったぁ」
僕は心の底から安堵の息を吐き、それから部屋をきょろきょろと見回す。
「それで、ここはどこ?」
「組合の二階よ。十階層で倒れていたクロたちを見つけて、運んできたの」
冒険者組合の建物の二階には、冒険者たちがダンジョンで怪我をしたとき、安静にするための部屋が用意されている。これまで大きな怪我をしたことはなかったから、使うのは初めてだった。
「そうなんだ。ありがとう。助かったよ」
ノルンは何だか浮かない顔をして、
「……礼なんていいわよ」
ノルンは続けて、
「それにしてもクロ、あんた全身ボロボロよ。一体何をしたらそんなことになるわけ?」
「体ができていないうちに、刀を無理に使っちゃって……」
「ああ、クロが握りしめていた刀ね。それならそこに置いてあるから」
ノルンはベッドの横の壁に立てかけてあったカザミユキを目で示した。
刀も運んでくれたみたいだ。
ホーラの物だし、失くしたとなったら大変だった。
ノルンは僕の頭から足先まで目を移しながら、
「刀を無理に使ったからって、そんなに全身がボロボロになるなんてことあるの? 体の内側からめちゃくちゃに破壊されたみたいな状態らしいけど」
カザミユキ、だいぶ無茶して使ったからな……。
でも、あのとき本当に技が出せてよかった。
ホーラの言う通り、カザミユキを扱うには覚悟が大切だったんだ。
僕はノルンに、カザミユキやマツイ・イガラの伝説の十三本の刀について説明する。
「へえ、噂には聞いていたけど、本当に持ち主の体を操って技を繰り出すのね。彼女はこれほどの業物をどこで手に入れたのかしら。色々と興味深いわ」
ノルンはそう言って、僕のベッドのわきにある刀をじっと見つめる。
ノルンはカザミユキを振りたくてたまらないといった風だったけど、持ち主でない僕が許可を出すのも変な話なので黙っておく。
「まあ、今度機会があれば、彼女に頼んで振らせてもらうわ」
ノルンはそう言って引き下がった。
それにしても、ノルンとこうしてまた話せるときが来るなんて。
彼女には聞きたいことがたくさんあった。
「ノルンはかなり深い階層まで潜ってるんだよね。何階層まで潜ったの?」
「二十七階層ね」
「すごい! もう下層なんだ⁉」
僕は今回ようやく十階層に潜ったばかりだというのに(しかも男の冒険者に無理やり連れていかれた形で……)。
道理で最近全然ダンジョンで見かけないわけだ。
二年前まで僕と一緒に潜っていた頃は、五階層までが限界だった。
「別に大したことじゃないわ。魔法をぶっ放せば、大抵のモンスターは一発で倒せるもの」
「魔法かぁ。僕も思う存分に魔法を使いたいよ」
「クロ、成長期まだだったの? でも、もうそろそろなんじゃない?」
「うん。楽しみだ。――それにしても、二十七階層かぁ。僕が見たこともない化石がたくさんあるんだろうね」
「クロはまだ上層にしか行ったことないんだっけ? 上層に比べたら、それはもうたくさんあるわよ。クロもさっさと強くなることね」
ノルンは淡々とした口調でそう言う。
「僕が強くなったら、また一緒に化石掘りしてくれる?」
「それは無理よ」
ノルンは即答した。
「どうしてさ⁉」
「二年前、クロとは二度と化石掘りをしないって決めたの。私は一度決めたことを覆すことは絶対にしない。それはクロもよく知ってるでしょ」
僕からすれば、ノルンは少し頑固なところがあった。融通が利かないというか。
それが彼女の意志の強さでもあることは間違いないんだけどね。
「……そういうことなら、仕方ないか」
元はと言えば、僕が当時彼女の強さについていけなかったのが別れた原因だ。無理強いは出来ない。
だけど、いつかまた彼女と化石を掘りたいなと思う。
一人で化石と向き合って掘るのもいいけど、誰かと化石について語りながら掘るのもまた楽しいからだ。今回ホーラとおしゃべりしながら掘っていて、その楽しさを思い出した。
僕があまりに落ち込んでいるように見えたのか、ノルンが言う
「でもまあ、こうしてダンジョンの外で化石の話をするくらいなら構わないわよ」
「本当に⁉ ――痛っ!」
嬉しくて思わず上体を起こそうとして、体に痛みが走る。
「……クロ、あんた重病人なんだから、安静にしときなさいよ。その怪我、なんか特殊らしくて、治癒魔法が効かないらしいわ。ダンジョンで戦えるくらい元通りになるには、一か月くらいかかるだろうって、看てくれた人が言ってたわよ」
「一か月も⁉」
冒険者組合には、怪我の手当てを専門とした魔法師が常駐している。
その人が言うのであれば、間違いないだろう。
それにしても、治癒魔法が効かない怪我なんて初めて聞いたぞ。
カザミユキ恐るべし。
「ほんと、どれだけ無茶したって話よ。これに懲りたら、精々これからは気を付けることね」
呆れた調子でノルンは肩をすくめる。
ノルンとこうして何気ない会話ができて、僕は嬉しかった。
てっきりノルンにずっと無視されていたから、僕は嫌われていたのだと思っていた。
でも、どうやらそれは違うらしいと分かった。
本当に、よかったぁ。
「何にやけてるのよ。気持ち悪い」
ノルンがちょっと引いている。
「別に何でもないよ」
やばい。にやけが止まらない。
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