第23話 階層主 vs セレ

 僕は必死に周りに目を走らせ、反撃の糸口を探した。


 それは、僕のすぐ近くにあった。


 ホーラの手に握られているカザミユキ。


 これを僕が使えれば――。


 午前中の特訓では、鞘から抜くことさえ叶わなかった。


 そんな僕がカザミユキを使って戦おうだなんて、無茶を通り越して無理な行いと言えるかもしれない。


 だけど――。


 腕の中でぐったりとしているホーラを見る。


 僕は、――。カザミユキを手にして立ち上がる。


 階層主が拳を大きく振り上げて、僕たちを圧し潰そうとしていた。


 大丈夫。技はさっきホーラが見せてくれた。


 イメージは、確かに僕の中にあった。


 あとは――。


 ――痛みは覚悟さえあれば乗り越えられます。


 ホーラの言葉を思い出す。


 僕は下段にカザミユキを構え、腰を落とす。


 小さく息を吐き、遥か頭上にある階層主の拳を見据える。


 技は一撃。


 階層主の攻撃をかわして、腕を一刀両断するイメージを思い描く。


 ――行くぞ!


「壱雪――〈雲雀殺し〉!」


 瞬間、全身に激痛が走る。


 思わず刀を放してしまいそうになる弱い心を、ホーラを守るんだという覚悟でねじ伏せる。


 振り下ろされる拳の動きがはっきりと見えた。


 僕の身体がその攻撃を紙一重でかわし、両断を狙う腕へと肉薄する。


 カザミユキを持った右腕が、引きちぎれるのでは錯覚するほどの壮絶な痛みに襲われる。


 唇を噛みしめ、刀を強く握りしめる。


 ――喰らえぇぇぇ!


 カザミユキが白銀の刀身を煌めかせ、巨木のごとき階層主の腕を切断する。


 ――やったぞ!


 喜びもつかの間、空中で力を使い果たした僕の体は、そのまま地面へと降下を始めた。


 そしてそのまま受け身も取れずに、地面に叩きつけられる。


「――ぐっ!」


 全身がバラバラになったみたいだ。


 手足を動かそうとしても、全然言うことを聞いてくれない。


「グォガァァァ!」


 腕を切られて怒ったのか、階層主が倒れている僕に向かって咆哮する。


 ヘカトンケイルは、その百あるすべての腕を切り落とさなければ倒せない。


 ホーラがかなりの数を切断していたけど、腕はまだ十本以上残っていた。


 僕にとどめの一撃を加えようと、階層主が再び拳を高く上げる。


 よくやった。僕はよくやったよ。モンスター相手に満足にも戦えなかった僕が、こうして強力な階層主を相手に一撃を喰らわしたんだ。もう十分じゃないか。


 ただ一つ心残りがあるとすれば、ホーラを助けられなかったことだ。


 僕を倒した後、階層主はホーラの命も奪うに違いない。


 ホーラ、ごめん。二度も命を救ってもらったのに、何もできなくて……。


 でも、しょうがないんだ。


 もう体は全然動いてくれないし、階層主を倒せるイメージも湧いてこない。


 僕は、もう……。


 そんな風に絶望に囚われていたときだった、


 カラン、コロン、と僕の耳元に何かが転がってくる音がした。


 目だけをゆっくりと動かして見れば、それは一つの石だった。


 戦いの中で十階層の壁か地面の岩が削れ、小さな破片となって転がってきたのだろうか。


 五センチほどの小さな石。


 その断面には、僕が初めて見る化石があった。


 ――そうだ、僕は。


 僕は立ち上がる。


 カザミユキを手に握りしめて。


 不思議だった。この身体のどこからそんな力が湧いてくるのか。


 冒険者に手ひどい攻撃を受け、カザミユキの技を無理に使って、全身ボロボロのはずなのに、どうして僕はまだ立ち上がるのか。


 ――ああ、そうだ、僕は。


「ゴォガァァァ!」


 頭上から迫りくる巨大な拳。


 僕はカザミユキを構え、そして叫ぶ。


「壱雪――〈雲雀殺し〉!」


 ――僕は、一流の化石ハンターになる!


 疾風迅雷。僕はただ一振りの刀となって、敵を斬る。


 しんしんと降る雪のごとく、静かに、そして激しく。


「壱雪――〈雲雀殺し〉!」


 身体がどうしようもなく悲鳴を上げている。


 それでも僕は、斬り続ける。


「壱雪――〈雲雀殺し〉!」


 何度でも、何度でも、――。


「壱雪――〈雲雀殺し〉!」


 残り――三本。


 追い詰められた階層主は、後ろに大きく跳躍して僕と距離を取ると、壁の岩を大きく掴み取る。


 そのまま巨大な手の中で岩を砕き、大量の破片にすると、僕に目掛けて一気に投擲した。


 膨大な岩の破片が、ものすごい速さで向かってくる。


 だけど、僕にははっきりとその軌道が視えた。


 そして今は、その目についていけるだけの技がある――!


「壱雪――〈雲雀殺し〉!」


 僕は迫りくる無数の破片をかわしながら、標的へと接近する。


 いくつかの破片が脚を、わき腹を、頬をかすめた。


 ――もっとだ! もっと速く!


 残り――二本。


「壱雪――〈雲雀殺し〉!」


 ――何者も、何物も、追いつけないほどの速さで、敵を斬る!


 残り――一本。


「ゴォガァァァ!」


 階層主の振るった巨大な拳が、僕の眼前いっぱいに広がった。


 ――僕は、一流の化石ハンターに、なってやるんだぁぁぁ!


「壱雪・改――〈光迅隼雪こうじんしゅんせつ〉!」


 先ほどまでと同じ、下段の構えからの一閃。


 しかし、その速さの限界を超えた一太刀は、階層主の最後の腕を一瞬で断ち切り、遂に階層主が消滅する。


「……やった、ぞ」


 とっくに肉体的な限界を迎えていた僕は、その場で倒れ、瞬く間に意識を失った。

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