第22話 階層主 vs ホーラ

 階層主の目が、地面にいる僕らを見下ろす。


 直後、さっきまでホーラの命を狙っていた三体のヘルハウンドが、階層主からの逃走を開始する。


 先ほどホーラに追いついたときよりもさらに速く、九階層へと続く道に向かう三体。


 それを見た階層主が、百の腕のうち一本を振り上げる。


 そして、そのままヘルハウンド目掛けて巨大な握り拳を振り下ろした。


 体が束の間浮き上がるほどの地響きと、地面から勢いよく舞い上がった石の破片が僕を襲う。


 少ししてゆっくりと目を開けると、ぺちゃんこに潰れた三体のヘルハウンドが見えた。


 三体の亡骸が消滅し、カラン、コロン、と魔石が音を立てて転がる。


 一撃で三体を葬ったのだ。


 階層主の強大な力を前に、僕は言葉を失っていた。


 だけど、ホーラはカザミユキを支えにしながら、懸命に起き上がろうとしていた。


 階層主の目が、ホーラを捉えた。


 ヘルハウンドを一撃で仕留めた巨大な拳が、再び振り上げられる。


「――ホーラ! 逃げて!」


 僕はあらん限りの声を張り上げた。


 だけどホーラは立ち上がり、名刀・カザミユキを下段に構えた。


 空気を震わすほどの強烈な勢いで、ホーラに打ち下ろされる巨大な拳。


 ホーラはその拳をまっすぐに見据えながら、凛とした声で、


壱雪いっせつ――〈雲雀ひばりごろし〉!」


 彼女の身体が一瞬で掻き消え、迫りくる拳を紙一重でかわす。


 かと思うと、彼女はその太い腕に肉薄し、刀を振り抜いた。


 丸太ほどもある階層主の太い腕が、一太刀で切り落とされる。


 ホーラ、すごい!


 階層主を一人で討伐したと言っていた彼女だ。あれくらいは余裕なんだろう。


 ヘカトンケイルは、その百本ある腕をすべて切り落とすことで倒せる。


 逆にいえば、百もの腕を切り落とさない限り、どんな攻撃を受けても死なないということでもあるのだけど――。


 腕を切り落とされたことに怒ったのか、階層主は一際大きく咆哮する。


 一気に八本の腕を振り上げると、拳を一列に合わせ、特大の攻撃をホーラに放とうとした。


 ホーラがその攻撃を迎え撃とうと、今度は上段の構えから連撃を放つ。


捌雪はっせつ――〈銀世界〉」


 電光石火のごとき八連撃が、迫っていた八本の腕を一瞬で両断する。


 あっという間に、残りの腕は九十一本。


 やっぱりホーラはすごい。


 このまま行けば余裕で勝てるんじゃないか。


 そう思ったところで、ホーラが地面に片膝をつく。


 カザミユキを支えにして、苦しそうに眉根を寄せるホーラ。


 彼女はさっきのヘルハウンドとの一戦で深手を追っていた。


 今の彼女の傷ついた身体には、カザミユキの技は負担が大きすぎるに違いない。


 言わば傷口に塩を塗っている状態。


 戦えば戦うほど、彼女の身体がボロボロになっていく。


 階層主は近接戦だと分が悪いと判断したのか、九十を超える巨大な手で、壁や地面から岩を掴み取り、ホーラに向かって集中投擲する。


 一つ一つの岩が、ホーラの体よりも大きい。


 一つでも喰らえば、無事では済まない。


「――ホーラ!」


守雪しゅせつ――〈雪化粧〉」


 ホーラはそう言って体を高速回転させ、降り注ぐ岩を次々と切断し、受け流す。


参雪さんせつ――〈三白牙さんぱくが〉」


陸雪ろくせつ――〈六花斬ろっかざん〉」


 ホーラは階層主のもとへと駆け出し、迫りくる腕の本数に合わせて、次々と適切な連撃数の技を繰り出し、階層主を迎え撃つ。


 時折バックステップも組み入れながら、階層主の腕を切断していくホーラだったが、その表情は険しかった。彼女の身体が悲鳴を上げているのだ。


 そして遂に、恐れていた出来事が起きてしまう。


 空中で連撃を放ってから着地した際、彼女の左脚が限界に達したのか、ホーラが大きく体勢を崩してしまったのだ。


 階層主の腕による横薙ぎが、ホーラを直撃する。


 こちらに向かって大きく吹き飛ばされるホーラ。


「ウオォォォォ!」


 僕は全身の力を振り絞って、飛ばされているホーラの体の動線に身を滑り込ませた。


 僕とホーラは一緒になって地面を転がった。


「ホーラ! ホーラ!」


 ぐったりとしているホーラの体を必死に揺する。


「……セレ」


 よかったぁ。意識はあるみたいだ。


 ホーラは弱々しく僕の手を握ると、


「……私を置いて、逃げて、ください」


 と言う。


 僕は首を横に振る。命の恩人であるホーラを置いて逃げられるはずがない。


 そうだ、ホーラを抱えて逃げれば――。


 彼女を背負おうとした僕に、ホーラが小さな声で言う。


「約束、しましたよね?」


 ああ、確かにした。


 ――私が『逃げて』と言ったら、絶対に逃げてください。


 ホーラはそう言っていた。


 だけど、そんなことできるわけないだろ!


 僕は何とかしてホーラを背負おうとするけれど、すでにボロボロの体は全然言うことを聞いてくれない。


 そうこうしているうちに、階層主が地響きを立てながら近づいてくる。


「くそっ! ――動け! 僕の体だろ! 動いてくれよ!」


 そして遂に、巨大な影が僕らを覆う。


 見上げれば、遥か頭上から階層主がこちらを見下ろしている。


 近くで見ると、また一段とその大きさに恐ろしさを感じた。


「ゴォガァァァ!」


 階層主の雄叫びが耳をつんざき、僕の生きる気力をガリガリと削ってくる。


 だけど、僕の命だけじゃない。


 ホーラの命もかかっているんだ。


 諦めるわけにはいかなかった。

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