第17話 いざダンジョンへ

「落ち着いた?」


 道の端にあったベンチに並んで座り、僕はホーラに声をかけた。


「――はい。すみません、急に取り乱してしまって」


「ホーラは謝らなくていいって。むしろ謝るべきは僕のほうだよ。僕が何か気に障ることを言ったんでしょ?」


「いいえ。それは違います」


「本当に?」


「本当です」


「ならいいけど……」


「本当に気にしないでください。ちょっと昔のことを思い出してしまっただけですから」


 この話はこれでおしまい、とでも言うように、ホーラはベンチから立ち上がると、


「行きましょう」


 僕たちはダンジョンへと足を踏み入れた。


「一階層を周回して魔石を集めましょう」


 ホーラの提案で、僕たちは一階層のモンスターを倒し始める。


 ダンジョンは深い階層に潜れば潜るほど、モンスターが強くなる傾向にある。


 今日僕たちがダンジョンに潜った目的はお金を稼ぐこと。


 魔石の大きさや価値はモンスターの強弱に関係なくどれも同じなので、中層のモンスターがいるかもしれない上層を深くまで潜るのは危険だと、ホーラは考えたらしい。


「よし。魔石ゲット」


 一階層のモンスターであれば、僕の持っている火炎瓶でも倒すことができるので、ありがたい。


 化石はだいたい一つ五ウルスほどでしか買い取ってもらえないけど、魔石なら四倍の一つ二十ウルス(夕食一食分)。


 やはりお金集めの点では魔石のほうが効率がいい。


 僕としては、魔石よりも化石のほうがよっぽど価値があるように思えるけど……。


 その話をホーラにすると、


「どうして化石はそんなに安くでしか買い取ってもらえないんですか?」


「化石は買い取っても使い道がないからね。魔石なら魔力を蓄える入れ物として使えるでしょ」


 魔石は魔力を蓄える機能を持つ。


 一つの魔石に蓄えられる魔力量はそれほど多くないけど、魔石は街灯や部屋の照明など色々なところで使われている。


 それに魔力を蓄えた魔石を複数個集めれば、昇降機を動かすなど魔力消費が比較的大きなこともできるようになる。


 他にも、魔法をよく使う冒険者の中には、予備の魔力として魔石を持ち歩く人もいるらしい。


 要するに、魔石は色々な場面で使われていて、今や僕たちの生活とは切っても切り離せないものになっている。


 一方、化石はモンスターの過去を知ることができるという学術的な価値はあるものの、なくても生活には困らない。多くの人にとって、あってもなくてもどっちでもいいもの、なのだ。


 クレアさんは「化石をもっと高値で買い取るべき」と、組合でよく抗議してくれているみたいだけど、成果は芳しくないそうだ。


 役立つ魔石のほうが高値で買い取られるのは、僕も仕方のないことだと思う。


 だけど、もっと色んな人が化石に興味を持ってくれてもいいのにな、とも思う。


 だって、かつて生きていたモンスターが、何万年という途方もない時間を超えて、僕たちの前に現れてくれたんだよ! 


 すごくロマンを感じるじゃないか!


 なんてことを考えていたら、化石が掘りたくなってきたぞ。


 僕は壁や地面に目を走らせる。


 お、あの壁は掘りがいがありそうだ。


 お、この足元に転がっている石もよさそうだな。


 あ、こっちの壁なんかは――。


「セレ」


「は、はい!」


「注意力が散漫になってますよ。一階層とは言え、油断は禁物です」


「……ごめん」


 ホーラは一度小さくため息をつくと、


「今のところ中層のモンスターは見かけませんね」 


「そうだね。見かけるモンスターは全部上層のモンスターだし、中層のモンスターがたくさん上層に上がってきてるってことはなさそうだ。ここは一階層だし、もう少し深い階層に潜れば、中層のモンスターがいるのかもしれないけど」


 ヘルハウンドが三階層に出たのが昨日の話だし、まだそれほど時間が経っていないからかな。


 明日、明後日になれば、どんどんと中層のモンスターが上層に上がってくるかもしれない。


「……化石、掘りたいですか?」


「え、それは、……掘りたい、けど」


 急にどうしてそんなことを聞くのだろうと思っていると、ホーラは僕から目線を逸らして、


「私が見張ってますから、ちょっとくらいなら掘ってもいいですよ」


「ほんとに⁉」


 僕は早速ザックからハンマーとタガネを取り出して、


「近くに化石スポットがあるんだけど、そこでもいいかな」


 化石スポットとは、昨日の〈スライムの巣窟〉みたいに特定のモンスターの化石がよく出る場所のことだ。


 一階層にもいくつか化石スポットがあって、その中でも僕のお気に入りの場所が、ここから歩いて数分の距離にあった。


 ホーラが頷いてくれたので、僕たちはその化石スポットへと向かう。

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