第16話 ホーラとの時間
午後になり、僕とホーラは修練場を出て、ダンジョンの入り口へと向かう。
道中にある屋台で食べ歩きできるご飯を買って、小腹を満たす。
手持ちがないホーラは、頑なにご飯を奢られるのを断っていたけど、僕がお腹いっぱいで食べられないと言うと、「……仕方ないですね」と言って食べてくれた。
「セレは普段どうやってモンスターと戦っているんですか?」
「これを使ってる」
僕はザックに入った火炎瓶を見せる。
「……火炎瓶、ですか? それでモンスターを倒せるんですか?」
ホーラが目を丸くしてそう言う。
「上層の弱いモンスターしか倒せないね。火炎瓶はモンスターを倒すためのものというより、時間稼ぎをして逃げるためのものだから。僕の場合、正面切ってモンスターと戦う手段がなかったんだ。ダンジョンに潜り始めたときは、槍とか弓とか、それこそ刀とかも練習してたんだけど、全然上達しなくてさ」
それこそ毎朝修練場に通って、色んな武器を使わせてもらっていた。
どれも芽が出なかったのは苦い思い出だ。
「それで武器を持つのはやめて、逃げるための道具だけを持ち歩くようになったんだ。化石を掘って、モンスターが現れたら走って逃げて、逃げた先で化石を掘って、の繰り返し。運がよかったら火炎瓶でモンスターを倒せて、魔石ゲットって感じだね」
「そうだったんですね。魔法で戦う冒険者もいますけど、私たちくらいの年齢だと、魔力成長期はまだですもんね」
魔法を使うには魔力が必要だ。だいたい六歳頃に魔力が発現して、その後ゆっくりと魔力量が増えていき、男だと十二歳、女だと十歳くらいで激増する。
この魔力が著しく増える時期は、魔力成長期と呼ばれる。
魔力成長期を過ぎた後も、魔力量はじわじわと増えるけど、男女ともに遅くとも二十歳手前でピークを迎え、あとは横ばい、というのが一般的だ。
ホーラは九歳で、僕は十一歳。
もうそろそろ魔力成長期を迎える年頃だけど、それまでは魔力量がかなり少なく、モンスターを倒せるほどの魔法は使えないのが普通だ。
たとえ使えても、一度や二度だけで、連戦となるダンジョンでは実用性が低く、僕たちの年頃で魔法を積極的に覚えようとする人は少ない。
「今のところは、化石掘りに役立つ〈防音障壁〉と〈危険感知〉を併用するのが精一杯だからね。成長期で魔力量が伸びたら、攻撃系の魔法も覚えようかな」
「刀術を身に着けたら、斬撃を補助する魔法もおすすめですよ。刀身に炎や氷を纏わせれば、モンスターの弱点を突くことができて、非常に便利です」
「お、いいね。僕も折角ホーラに刀を教えてもらってるんだし、刀で強くなってみせるよ」
それを聞いたホーラは首を横に振ると、
「私は何もしていませんよ。教えているのはカザミユキです」
「でも、カザミユキの持ち主はホーラでしょ。ホーラがいないと、僕はカザミユキに出会えなかった。それに、ホーラが刀の鍛錬を勧めてくれたから、僕はもう一度刀を手にしてみようと思えたんだ。そうじゃなきゃ、僕は二度と刀を持つことはなかったと思う。一度挫折しちゃってるわけだし」
諦めたものに、もう一度手を伸ばすのは、かなりの勇気がいる。
過去にダメダメだった自分を思い出して胸が苦しくなったり、やっぱりまた挫折することになるんじゃないかって、そんな不安が胸の中に渦巻いたりするからだ。
自分の古傷を抉る感じ――って言うのは、大げさかな?
でも、僕一人じゃ、再び刀を持とうなんて思えなかったのは確かだ。
ホーラが背中を押してくれたおかげで、前を向いて刀の鍛錬に取り組めている。
「ホーラとこうして出会わなかったら、僕はたぶん、魔力量が増えた後は、そこそこの攻撃魔法を覚えて、その力でダンジョンの中層くらいまでは潜れるようになって、だけどそこで自分の戦闘力に限界を感じて、さらにダンジョンの深いところにはいつまで経っても潜れなくて、――結局最後は、中層までの化石ハンターとして生きていくしかなかったと思う」
「……そんなこと、ないですよ」
「そんなに深刻そうな顔をしなくても大丈夫だよ。もしもの話だから。でも何だかそんな未来もあったんじゃないかって、そんな気がするんだ」
道の先にダンジョンの入り口が見えてきた。
僕は続けて、ホーラに語りかける。
「今こうして刀の鍛錬に前向きに取り組めているのは、間違いなくホーラのおかげだよ。昨日出会ったばかりの僕に、色々と親切にしてくれてありがとうね、ホーラ」
僕の話を聞いたホーラは、なぜか俯いて、歩みを止めてしまう。
気に障ることを言ってしまっただろうか。
立ち止まったホーラとの距離を埋めるため、引き返そうとした僕に、ホーラは顔を上げると、
「セレは、もっと強くなれます。下層だって、深層だって、最下層にだって、どこへだって行けるくらい、すごい化石ハンターになれます。だから――」
ホーラは駆け寄ってきて僕の懐に飛び込むと、腕をギュッと僕の腰に回す。
突然のことに僕があたふたしていると、少しして彼女は嗚咽を漏らし始めた。
そんな彼女に、僕はただ頭を撫でてやることしかできなかった。
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