第15話 特訓開始
そうして、修練場での特訓が始まった。
「始めにカザミユキについて簡単に説明しますね。マツリ・イガラが作った十三本の刀は、いずれも使い手の思い描いた攻撃のイメージを、最大の威力が出るように具現化してくれます。ですが、使い手の身体能力の限界に関係なく技を発動するため、多くの場合使い手の体にとって負担が大きすぎる技を繰り出すことになります」
僕が昨日カザミユキを使おうとして、全身に激痛が走ったのは記憶に新しい。
「そこで大切なのが、身体能力の向上です。刀を扱うのに十分なからだ作りをすることで、どんな状況下でも難なく多彩な技を放つことができるようになるわけです」
ホーラは手に持っていた修練場の刀を、シュッ、シュッ、と振り下ろす。
「とは言え、先ほども言った通り、今からセレの身体能力を一から底上げしていたのでは、時間が足りません。そこで、始めからカザミユキを使って、カザミユキ特化型の身体能力開発を行おうというわけです」
「なんか、それだけ聞くと、かなり体に悪そうなんだけど」
「心配は要りません。私もこの方法で短期間で一気にからだ作りをしました。今のところ体に何も悪影響は出ていません」
「ご飯をたくさん食べるようになったのは? あれはいつからなの?」
「……さあ、忘れてしまいました」
都合の悪いことは忘れたことにするやつだ、これ。
「めっちゃ心配になってきたんだけど」
「大丈夫ですよ。多少食費が増えるのと、強くなって色んな化石を掘れるようになるの、どっちが嬉しいですか?」
「……それは、後者かな」
昨日の食費を、“多少”増えた、と表現していいのかは疑問だけど。
「ですよね。だったら時間もないことですし、この方法で一気にカザミユキ特化型の身体能力を身につけましょう!」
ホーラは拳を天井に向かって突き上げる。テンションの高さでごまかそうとしているのが丸わかりだった。
「でもさ、カザミユキはホーラの物でしょ。カザミユキに特化した体づくりをしても、カザミユキを持たない僕には無意味だよね?」
「そうでもありませんよ」
ホーラはそう言うと、修練場の刀を手にして構えをとる。
「ヤアァァァァ!」
掛け声とともに繰り出したのは、上段からの四連撃。
そのあまりの速度に、気づけば僕は拍手をしていた。
「すごい! すごいよ、ホーラ!」
「ありがとうございます」
ホーラは嬉しそうに笑って、
「今のはカザミユキの技の一つ、
「へえ、それはすごいね。あ、ということは、ホーラはもうカザミユキを持たなくても戦えるってこと?」
「いえ。カザミユキなしで今の私が使える技は、お見せした四連撃が限界です。カザミユキを使って戦えば、もっと高度な技を使えるようになります。なので、カザミユキを持って戦ったほうが強いです。これからも鍛錬を積んでいけば、いずれカザミユキ以外の刀を使っても、同等の実力を発揮できるようになるんでしょうけど、それはまだまだ先の話になりそうです」
カザミユキなしだと力が制限されるってわけね。
「なるほど。つまり僕もカザミユキなしで戦えるくらい、体に動きを覚え込ませればいいってことか」
「ですね。ただ、時間もないですし、おそらく連撃の習得は難しいと思います。特別依頼に向かうまでに、カザミユキなしで一撃の技を使えるようになればいいほうかと」
確かに昨日カザミユキを真一文字に振ろうとしたときでさえ、すごい痛みだったからな。連撃ともなれば、さらに体に負担がかかりそうだ。
「了解。目指すは、カザミユキなしで一撃の技を放つことね」
「はい。一応補足しておくと、別に連撃数が多ければ多いほど、技が強いというわけではありません」
「え、そうなの?」
攻撃回数が増えるから、その分だけ威力も上がるんじゃないの?
「一撃の重みが違いますから。連撃を繰り出そうとすれば、どうしても一回当たりの攻撃に余力を残す必要が出てきます。力を使い切ったら次の斬撃を繋げられませんからね」
確かに。連撃の途中で力尽きたら目も当てられない。
「その点、一撃の技はそれ一発に全力を注ぐことになるので、威力の大きい一太刀になります。一撃と連撃の使い分けは、連撃が使えるようになってから学べばいいですし、何ならその辺を曖昧にしたままで攻撃をイメージすれば、カザミユキが連撃数関係なしに最適な技を繰り出してくれます」
「カザミユキ、すご過ぎる!」
「ただ、カザミユキを扱いきれていない人がそれをすると、自分の身体能力を超えた技をカザミユキが放とうとして、持ち主の体が悲鳴を上げることにもなりかねません。なので、攻撃の前に連撃数のイメージだけはきちんとしておいたほうが賢明ですね」
なるほど……。思っていたよりも奥が深いんだな。
「色々と話しましたけど、まずはカザミユキありで、一撃の技を使えるようになるところからですね。始めは相当な痛みを感じると思いますけど、それを乗り越えて技を放てるか。それが一つ目の関門です」
僕は左手を腰に差したカザミユキの鞘に、右手を柄に添える。
そこから、目の前の空間を真一文字に斬ることをイメージする。
スッ、と体が自然と動き出す感覚があった。
「――ぐっ!」
だけど体が動いたのはほんの一瞬で、全身が痛み出し、鞘や柄を握る手を放してしまう。
「イメージはできています。何度も試みて、痛みを乗り越えてください。一度斬撃を繰り出すことができれば、あとは何度もその型を繰り返すだけです。いずれ体が出来上がって、痛みなく技を放てるようになります」
その後も何度か斬撃を放とうとしたけど、いつも初動の激痛に耐えられず、それ以上に刀を抜くことができないでいた。
ぶっちゃけ、この痛みを乗り越えて刀を振り切れる気がしない。
それくらい全身に尋常じゃない痛みが走るのだ。
「なぜか脚とかも痛むんだけど、なんで?」
刀を抜く右手を少ししか動かしていないのに、全身が痛み出すのは謎だった。
僕の問いに対して、隣で刀を振っていたホーラが手を止めて答える。
「刀は全身で振るものだからです」
ん? 言っている意味がよく分からない。
「刀は腕で振るものだよね?」
「刀を振ることに限った話ではないですけど、どんな些細な動きでも、全身でバランスを取っています。例えば、こうやって腕を横に広げますよね」
ホーラはそう言って、右腕を体の横に水平に広げる。
「このとき、私の体は全身で上手くバランスを取っています。ただ立っているときよりも右脚は踏ん張っていますし、左脚は少し上に引っ張られています。左腕も少し広げた形になって、上げた右腕とバランスを取ろうとしています。他にも、私が意識できないくらいの小さな変化が体中で起きています」
なるほど。抜刀するときも、全身で大なり小なり変化が起きているってことか。
「全身で刀を振るっていう意味が分かったよ」
抜刀で全身が痛む理由は分かったけど、それはつまり僕の全身が鍛え足りないってことだよね……。
「ホーラはどのくらいの期間で、痛みながらも一撃の技を放てるようになったの?」
「一発です」
「え?」
「一回目の抜刀で、一撃の技を成功させました」
「……マジで?」
「マジです」
「マジで⁉」
「マジのマジです」
「マジか!」
この激痛に耐えながら一発で抜刀するって、どれだけ我慢強いの⁉
痛みに対する耐性高すぎでしょ。
「痛みは覚悟さえあれば乗り越えられます。セレも頑張ってください」
その後も午前中いっぱい、僕は一撃の技を放とうと何度も挑戦したけれど、激痛に耐えきれず、結局一度も抜刀することはできなかった。
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