第14話 恐ろしい特訓
翌朝、僕とホーラは冒険者組合で待ち合わせた。
「行きましょうか」
そこからホーラは、僕を建物の裏手に連れていく。
裏手には、冒険者組合が管理している屋内修練場がある。
居合の稽古に適した小さめの部屋から、大魔法を行使できるほどの大きな部屋まで、用途に応じた様々な修練部屋がある。
組合に登録している冒険者(化石ハンターも含む)であれば、自由に使うことができる。
僕も何度か修練場を使ったことがある。槍、弓、それに刀とか、色んな武器を試して、相性のいい武器がないかを探すために。
結局どれも上手く使いこなせずに、匙を投げてしまったけど……。
受付嬢のクレアさん曰く「修練場って呼んでるけど、決闘場として使う人のほうが多いかもね」とのこと。
確かにここは冒険者同士が戦うのに便利な場所だろう。部屋ごとに分かれているから、外部からの横やりが入る心配もない。
ホーラが選んだのは、剣術の稽古に適した小部屋だった。
「セレには、刀を極めてもらいます」
ホーラは部屋に入ると、僕に向かってそう断言する。
「と言うより、私が教えられるのが刀しかないから刀を極めてもらう、と言うほうが正確ですね。生まれてこの方、刀の鍛錬しかしてこなかったので。最近では刀での戦いを補助するための魔法もいくつか習得しましたが、それはあくまでも刀術の基礎があって意味を成すもので、今のセレが気にする必要はないです」
ホーラは、部屋に元々置かれている刀の中から一本を手に取ると、試し振りをする。
「今から教える方法は、かなりの荒療治です。短期間で刀術の力を著しく上げることができますけど、尋常でない苦痛を伴います」
尋常でない苦痛――僕は、ごくり、と唾を飲み込む。
「とは言え、私もこの方法で刀を身に着けたので、耐えきれないほどの痛みということではありません。短期間で強くなるには、相応の代償が必要で、今回はその代償が苦痛だというわけです」
ホーラは腰に差していた名刀〈カザミユキ〉を鞘ごと取り外し、代わりに今振っていた刀の鞘を取り付ける。
「どうぞ。腰に着けてください」
ホーラは僕の手にカザミユキを鞘ごと握らせて、そう告げる。
……ホーラが何をしようとしているのか、僕にも分かって来た。
だが、これは思っていた以上の荒療治だ。
「カザミユキをひたすらに振りまくる。それが刀を短期間で身に着ける方法です」
カザミユキを振ろうとすると、僕の体がカザミユキの望む動きについていけず、全身に激痛が走る。
それはホーラと出会ったときに経験済みだ。
あの痛みに耐えながら剣を振るうなんて、とても正気とは思えないけど……。
「私たちには、時間がありません」
そうなんだよね……。
特別依頼を受けたときに、クレアさんは特に達成期限について明言してなかったけど、冒険者組合が早期の依頼達成を望んでいるのは間違いない。
十層での異変を放置すればするだけ、被害が拡大するリスクが高まるからだ。
「今日から三日間、修練場で集中的に刀の鍛錬をして、それからダンジョンに潜ります、と言いたいところだったのですが……」
ここに来て、ホーラの口調が急に弱々しいものに変わる。
どうしたのかと思っていると、
「実は、その、今日ダンジョンに潜らないと、お金がなくて……」
「あ、もしかして、昨日の晩御飯でほとんど使っちゃって?」
「はい……。私、いつもご飯を食べに行くと、ついたくさん頼んじゃって……。ミラネのおかげで百ウルスは手元に残ったので、昨日の宿代は何とかなったんですけど、今日の分の宿代がないんです」
宿代は一泊百ウルスが相場だ。今日のご飯代のことも考えると、尚更お金が必要だ。
「昨日『セレが強くなるのを全力でサポートします』と言っておきながら、恥ずかしい限りなんですけど……」
ホーラが耳を真っ赤にして俯く。
「そんなに気にしなくて大丈夫だよ。僕も手元に五百ウルスくらいしかなくて、三日、四日生活するのが限界だったから。どこかでダンジョンに潜りたいと思ってたんだ。それに僕の刀を買うお金も必要でしょ?」
特訓ではカザミユキを使うけど、実際にホーラと二人で十層に向かうときには、僕がカザミユキを帯刀するわけにもいかない。
どこかの店で刀を買わないといけない。
「そうですね。セレの身に危険が及ばないように、今日は私だけが潜ってくるという手もありますけど……」
上目遣いで僕の様子を窺うホーラに、
「それはダメ」
僕ははっきりとそう言う。
ホーラは確かに強いけど、危険がゼロってわけじゃない。
それに、他の人に自分の刀の費用を稼いでもらうなんて、納得がいかない。
自分の刀は自分で稼いだお金で買いたい。
「……ですよね」
僕の返答を聞いたホーラが肩を落とす。
「そんなに落ち込まないで。ほら、実践的な訓練だと思えばいいんだよ。修練場での特訓も大切だろうけど、ダンジョンっていう実践の場でしか身につかないこともあるよね。ダンジョンに潜れば、実践的な訓練ができてお金も稼げる。一石二鳥じゃん」
「セレがその実践的な訓練をする段階にないから、私は修練場での特訓を選んだんです」
「ぐふっ!」
ホーラの言葉が胸に刺さる。
心に致命傷を受けた僕は、それでも何とかして口を開き、
「……ホーラがダンジョンに潜るなら、僕も絶対についていくから」
ホーラは、ふぅ、と息を吐いて、
「セレがここまで頑固だとは知りませんでした。元はと言えば、昨夜に私がたくさんお金を使ってしまったのが悪いわけですし、私が何かを言える立場じゃないですね。――でも、これだけは約束してください」
ホーラはそう言って、顔の横で人差し指をピンと立てると、
「命を大切にしてください。私が『逃げて』と言ったら、絶対に逃げてください」
約束ですよ――ホーラは僕の目をまっすぐに覗き込む。
「分かったよ」
返答を聞いたホーラは、くるりと身を翻して僕に背を向けると、
「では午前中は修練場で特訓、午後からはダンジョンに潜って資金集めと行きましょう」
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