第13話 ウェイトレスさんのお遊び

 訊かれなかったら、何も言わないで店を出ようと思っていた。


 彼女たちがどういうつもりでそんなことをしているのか分からなかったし、口にしたら、折角の和やかな雰囲気を壊してしまうかもしれないという心配もあった。


 だけど、杞憂だったみたいだ。


 彼女たちは、僕をからかい半分で試していたのだ。


「ミラネさんが、双子と代わりばんこで給仕をしていたことですか」


 ミラネさんはニッと嬉しそうに笑って、


「ピンポーン、大正解!」


 店にいた冒険者たちが、


「お、あいつ当てやがったぞ」

「やるじゃねえか坊主」

「すげえぞ! 俺は今でも二人の違いが分からねえ」


 などと賛辞の言葉を贈ってくる。どうやら店全体がグルだったらしい。


 ホーラも呆れた調子の笑みを浮かべている。彼女もこのことを知っていたみたいだ。


 ミラネさんがカウンターの奥に向かって「ミラノ!」と呼ぶ。


「今行く」


 そう言って僕たちの前に姿を見せた彼女、ミラノさんは、ミラネさんとそっくりの見た目をしていた。


「お姉ちゃん、こんなこといつまで続けるわけ?」


 ミラノさんが、うんざりと言った調子でそう告げる。どうやらミラノさんのほうが妹らしい。


「いいじゃん、いいじゃん」


 対するミラネさんはとても楽しそうだ。


「はあ~。まあ、お姉ちゃんが何を言っても聞かないのは分かってるけどね」


 ミラノさんが、処置なしとでも言いたげに肩を竦める。


「それでお姉ちゃん、お客さんにはちゃんと説明したの?」


「あ、まだだった」


 お転婆者の姉、ミラネさんと、しっかり者の妹、ミラノさんか。


 ミラネさんは僕に向かって、


「いつも初めてのお客さんには、今みたいな“遊び”を仕掛けてるってわけ。――あ、ちなみに、敬語での接待は初回限定サービスだからな。これからはこんな感じで話すから、よろしく」


「それはお姉ちゃんだけで、私や他の店員は全員敬語で話しますので、ご心配なさらず」


「もう、ミラノってば、冷たい!」


「……お客さんの前だよ。次から来てもらえなくなったら、お姉ちゃんのせいだから」


 ミラネさんは楽しそうに笑いながら、


「ところで、セレはいつ、うちらが双子だって気づいたんだ?」


「ミラネさんによく似た双子がいると確信したのは、最後の会計のときですね。注文を取るときは左手でペンを握っていたのに、最後の伝票でホーラの金額を訂正するときは右手でした」


「あちゃー。最後ホーラにちょっかいかけたのがダメだったか」


 ミラネさんは悔しそうに額に手を当てる。


「違和感はもっと前からありましたけどね。そもそもお二人って、そっくりではありますけど、泣きぼくろの位置が逆じゃないですか」


「そこも気づいてたのか」


 ミラネさんが目を見開く。


「席に案内してくれたとき、泣きぼくろは右目にあったのに、次に注文を取りに来たときには、泣きぼくろが左の目尻に移っていました。そりゃ変だなって思いますよ」


 ホーラが大量に注文をしていたとき、もし泣きぼくろが右の目尻のままだったら、僕の席の位置から泣きぼくろが見えるはずがなかったのだ。


 ――僕には彼女の左の横顔しか見えていなかったのだから。


 始めは僕の記憶違いかとも思ったけど、その後も彼女たちが厨房に姿を消すたびに泣きぼくろの位置が変わるものだから、これはいよいよ何かおかしいと思ったわけだ。


 ちなみに、注文後に「ミラネさん」と呼んで引き留めたときに、彼女の返事に間があったり、彼女が不機嫌な様子に見えたりしたのは、彼女の正体がミラノさんだったからだろう。


「これは完全にしてやられたな、ミラノ」


「お姉ちゃん、責任を私にも押し付けようとしてるみたいだけど、そもそも出だしからお姉ちゃんがやらかしたのが、最大の敗因だったと私は思う。お姉ちゃん、セレさんが初めてのお客さんだと分かると、急に敬語で話し出すんだもん。それは何かあるって勘づかれちゃうって」


 来店したときに、ミラネさんがホーラを店の奥に連れて行って何やら話していたのは、僕が初めての客かどうかを確かめるためだったのか。


 そして、ミラネさんは敬語で話すことで、ミラノさんと言葉遣いを同じにしようとしたってわけか。


 て言うか、ミラノさんも嫌々言いながら、結構“遊び”には乗り気っぽい。やるからには本気で、ということかな。


「まあまあ、ミラノ。そう言うなって。――いや~、それにしても見抜かれるなんてな。お姉ちゃん、楽しみが減っちゃったよ。二回目にお客さんが店に来たときにネタ晴らしして、お客さんの驚く顔を見るのが楽しみだったのに。とは言え、初めての来店でうちらの正体を見破ったのは、セレが二人目だ。ブラボー! よくやった!」


 ミラネさんの拍手に続き、店にいる客たちも「ブラボー!」と盛大な拍手を送ってくれた。


「ちなみにセレは化石ハンターなんだろ。以前にうちらの正体を見破ったその一人目の子も、セレと同い年くらいで、化石ハンターだって言ってたな」


 おそらく〈彼女〉だな。


 化石ハンターはただでさえ数が少ない。しかも僕と同い年くらいで、双子の真相を見抜ける人物と聞けば、思い当たるのは一人しかいなかった。


 ミラネさんはホーラの肩に腕を回して、


「いいパートナーを見つけたな、ホーラ。うちは心配してたんだぜ、いつまで経っても一人でダンジョンに潜ってばっかりだったから。そりゃ個人の力が大切なのは認めるけどよ、一人の力じゃ限界があるってのも、また真実だ」


「お姉ちゃん、お店混んできたから、早く戻るよ」


「りょーかい」


 ウェイトレスの仕事に戻ろうとするミラネさんに、「あの、まだお金払ってないんですけど」と声をかける。


「初見で双子の謎を見破ったお客さんには、タダってことにしてるんだ。だから、そのお金は受け取れないな」


「いや、でも……」


 食べておいてお金を払わないのは、すごくモヤモヤする。


 そんな僕の気持ちを見て取ったのか、ミラネさんが、


「だったら、またうちに飯を食べに来てくれよ。それがうちらウェイトレスにとって、最高のご褒美だからさ」

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