第12話 支払い

「本当だ! こんなに美味しいパスタ、初めて食べたよ!」


 これだけ美味しければ、この店が人気の理由も分かる。


 何度でも食べたくなる、癖になる味。


 さすがにホーラみたいに十皿とはいかないけど、三皿くらいならあっという間に完食できそうだ。


 ホーラはノンストップで料理を食べ続け、次々と皿が空になっていく。


 ちょうどよいタイミングでミラネさんが空き皿を回収し、新しい料理をテーブルに置いていく。


 テーブルの上で皿が入れ替わる様子だけに目を向けていたら、奇術師の芸を見ているようだった。


 そして遂に、ホーラが最後の一皿を食べ終える。


「――ふう。満足です」


 ちょうどやって来たミラネさんに会計をお願いする。


 空き皿を回収したミラネさんは、


「会計しますので、お待ちください」


 そう言って、カウンターに戻っていく。


 ものすごい数の料理を注文したから、会計にも時間がかかるんだろうな。


 だけど、案外すぐにミラネさんはテーブルに戻ってきた。


「今日は満足していただけましたか?」


 ミラネさんにそう尋ねられた僕は頷いて、


「はい。とても美味しかったです。また来てもいいですか?」


「ぜひお越しください。心よりお待ちしています。――今日の会計はこちらです」


 彼女が伝票をテーブルに置く。机の一辺に目一杯広げても長さが足りないため、伝票は三つ折りになっていた。


「支払いはクロニクさんが二十ウルス、アレクトスさんが五百ウルスです」


 ご、五百ウルス⁉ 


 宿五泊分に相当する金額だ。


 そりゃ、それだけ毎日食べてたら、どれだけダンジョンでモンスターを倒して魔石を売ってもお金が貯まらないわけだ。


 僕だったらそんな大金をご飯に使ったら、後悔しそうなものだけど、ホーラは全くそんなことはないようで、腰にあった巾着袋をテーブルに置き、「百、二百――」と支払うお金を数えている。


 そんな彼女の声を遮って、ミラネさんが、


「失念していました。アレクトスさんには、前回の食事で未払いの分がありましたね」


 お金を数えていたホーラの動きがぴしりと固まる。


「そ、そうでしたっけ?」


「はい。何なら店の奥から、前回アレクトスさんご自身が書かれた〈未払い証書〉をお持ちしましょうか?」


「……いえ、結構です」


 ミラネさんは左の胸ポケットから右手でペンを執ると、ホーラの合計金額の欄を五百ウルスから八百ウルスに書き換える。


 その差、実に三百ウルス! 宿三泊分である!


 増えた合計金額の欄をしばらくじっと見つめていたホーラが、


「……その、今は六百ウルスしか持っていなくて」


「そうですか。支払えないとなれば、この店を出入り禁止にするしかありませんね」


 淡々とそう告げるミラネさんに、


「そ、その、実は今、冒険者組合から特別依頼を受けていて、その報酬がかなり高額なんです。だから、もう少し待ってもらえれば、必ず全額お返しできます。もちろん支払いが遅れた分、上乗せしてお返しします。だから、どうか出禁にしないでください~」


 ホーラは泣きべそをかきながら、ミラネさんにすがりつく。


 今の彼女には気高さの欠片もなかった。


 モンスターとの戦いでは八面六臂の活躍を見せるであろう彼女も、ミラネさんが相手では一人のカネなし弱小少女だった。


 そんなミラネさんはと言えば、腰にすがりつくホーラをニタニタと楽しそうに見下ろしている。


 ホーラ、完全にからかわれてるよ!


 ホーラが顔を上げて何かを言うたびに、ミラネさんの表情が真面目なものに変わり、そしてまたホーラが下を向いて腰にしがみつけば、ミラネさんはニタニタと笑みを浮かべる――その繰り返しだった。


 しばらくしてミラネさんはホーラをからかうのに満足したのか、


「分かりました。出禁はなしにしてあげます。その報酬とやらが入ったら、必ず支払うと約束しますね?」


「はい! 約束します!」


 ホーラは手持ちの六百ウルスのうち五百ウルスを支払いに使った。


 始めホーラは手持ちの全額を支払いに当てようとしていたけど、ミラネさんが「それじゃあお金がなくて困るだろう」と、今日は五百ウルスの支払いで構わないと言ってくれたのだ。ミラネさんの優しさに心打たれる場面だった。


 ホーラの次に支払いを済ませようと、僕はミラネさんに二十ウルスを差し出した。


 その手を彼女はそっと両手で包み込むと、


「今日、何かお気づきになったことはありませんでしたか?」


 と期待半分、からかい半分の様子で訊いてくる。

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