第11話 セレの覚悟

 ホーラは少し間を置いてから、


「厳しい言い方になりますけど、私とカザミユキだけであれば、中層と化した上層でも、おそらく十層までたどり着けます」


 ヘルハウンドを一撃で倒したホーラだ。難しい話じゃない。


「つまり、僕がもっと強くならなくちゃいけないってことか」


「はい。今の強さのままで、私が前衛に立ってモンスターと戦い、セレがサポートに回るという手もあります。だけど大量のモンスターに襲われたら、私だけでは戦い切れません。セレのほうにもモンスターが行ってしまいます。そんなセレの身に危険が及ぶかもしれない状態で、私はダンジョンに潜りたくはありません」


 ホーラはいつになく真剣な様子だ。


 彼女が僕の身の安全を心から心配してくれていることが伝わってくる。


「それに、そもそも私はパーティ内で役割を決めて戦うのが好きじゃありません。ダンジョンは言わば、未知の巣窟です。ダンジョンでは予想もつかないことが起きるのが日常茶飯事で、そんなダンジョンで律儀に役割を決めて戦うなんて、とても賢明な判断だとは思えません」


 ホーラはリンゴのジュースが入ったグラスを両手で持ち、軽く揺らしながら、


「ダンジョンに潜るときに大切なのは、このグラスで揺れ動くジュースみたいに、どんなかたちの状況に追いやられても、柔軟に自分のかたちを変えられる力です。このテーブルや椅子のように凝り固まっていたら、打たれ弱くて、想定外の出来事に直面したときに、あっという間にやられてしまいます」


 僕より年下であるはずの彼女の言葉は、歴戦の冒険者のそれだった。


 彼女の生きてきた九年間が苛烈を極めていたことが、痛いほどに伝わってくる。


 それが顔に出ていたのか、ホーラは笑みを貼りつけて、


「ごめんなさい。つい熱くなってしまいました……。私が言いたかったのは、パーティの役割に甘んじていては、個人の力が伸びる可能性を摘むことになってしまうということです。いざというときに、たった一人でも修羅場を潜り抜け、生きて地上に帰って来られる力。それが何よりも大切です」


 ホーラはリンゴのジュースを口に含み、「美味しいです」と言う。


 彼女は僕に、一人でも戦えるくらい強くなれと言っているのだ。


 彼女の強さにおんぶに抱っこになることを、僕は心のどこかで仕方のないことだと思っていた。


 ホーラと出会う前の僕は、自分が年齢的に未熟なことを、戦闘力がないことの言い訳にしていた。


 まだまだこれから年とともに戦闘力は上がっていくに違いないと、根拠のない妄想に浸って、心のどこかで自分の弱さを肯定していた。


 だけど今日、こうしてホーラと出会った。彼女は僕よりも年下なのに、僕よりも遥かに強くて、――気高かった。


 日々化石を掘って、売ったお金でご飯を食べて、宿に泊まる。


 化石を掘るのが楽しくて、僕は化石ハンターになった。


 もっと色々な化石を掘るためには、ダンジョンの深くまで潜れる高い戦闘力が必要なことは分かっていた。


 だけど、戦闘力をどうやって上げればいいのかよく分からなくて、つい毎日を楽しい化石掘りの時間ばかりに費やしていた。


 今のままの僕じゃ、発掘技術と戦闘力を兼ね備えた一流の化石ハンターになんて、なれるはずがない。


 変わるなら、今だ。


「強くなるよ」


 僕はこれから、一流の化石ハンターになるための一歩を踏み出すんだ。


 ホーラが頷き、僕の手を両手で包み込む。


「セレは、もっと、も~っと強くなれます。私も全力でサポートします。だから、――」


「お客様」


「は、はい!」


 ホーラが手を慌てて離す。


「料理をお持ちしました」


 ミラネさんが料理を運んできたので、僕たちの会話は中断になる。


「〈エムカルゴとたっぷりバターのパスタ〉に、〈モンサーの香草パン粉焼き〉。こちらが〈ハッシュルームのとろとろスープ〉――」


 ミラネさんが淡々と無表情に僕たちの前に料理を並べていく。だけど僕には、彼女がホーラのどぎまぎする様子を見て、笑いをこらえているように見えた。


 ミラネさんはお盆に乗っていた皿を配り終えると、


「まだ調理中の料理もありますので、出来上がり次第、順にお持ちします。それでは、失礼します」


 ミラネさんは右手を胸に当てて一礼し、テーブルを離れていった。


 ホーラがあれほど大量に注文していたのだ。一回の配膳で料理がすべて揃うはずもなかった。そもそも、一気に料理を持って来られても、テーブルに皿が乗り切らない。


 テーブルに並んだ料理を前に、ホーラは目を輝かせて、


「いただきます! ――セレ、パスタとても美味しいですよ!」


 さっきまでのシリアスな雰囲気の彼女はどこかへ行って、今の彼女は、美味しいご飯を頬張る、ただの可愛らしい女の子だった。

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