第10話 注文

「やっぱりホーラが勧めてくれたパスタにしようかな。――お、パスタも色んな種類があるね。どれが特にオススメとかある?」


「そうですね……。どれも美味しいので悩ましいですけど、一つ選べと言われたら〈エムカルゴとたっぷりバターのパスタ〉ですね。ガーリックバターの芳醇な香りと、柔らかくてクリーミーな食感のエムカルゴ、そして秘伝の絶品パスタが堪りません。軽く十皿はいけますよ」


 ホーラが目を輝かせてパスタの美味しさを力説する。


「よし、じゃあそれにしようかな」


「他にも頼まなくて大丈夫ですか。このお店は繁盛しているので、注文してから料理が来るまでに少し時間がかかります。始めに一気に注文しておくのがオススメです」


 店内を見渡せば、確かにほぼ満席状態だ。普段酒場に行かない僕が知らないだけで、ここは人気店なんだろう。


「パスタなら〈メンタコとミルクのパスタ〉や〈マトマクリームパスタ〉もオススメです。パスタ以外なら、〈エベリコ豚のステーキ〉がジューシーでとても美味しいですよ。他にも〈モンサーの香草パン粉焼き〉や〈ハッシュルームのとろとろスープ〉も絶品です」


 メニューを持ち上げて腰を浮かせたホーラが、反対の手でおすすめ料理を次々と指差しながら、ぐいぐいとメニューを僕の顔へと近づけてくる。


 メニューが近すぎて、文字が読めない……。


「お客様」


 その声にホーラはハッとして、「ご、ごめんなさい」と言って慌てて腰を落ち着ける。


「料理はお決まりになりましたか」


 どうやらミラネさんが注文を取りに来てくれたらしい。


 あれ? 気のせいかな。


 ミラネさんに抱いた違和感をぶつけようとしたけれど、ホーラが「早く、早くです」と僕の注文を急かしてくるので、注文を優先することにする。


「えーっと、〈エムカルゴとたっぷりバターのパスタ〉を一つと、〈モンサーの香草パン粉焼き〉を一つ。あとは〈ハッシュルームのとろとろスープ〉を一つ。以上で」


 僕の注文が終わるや否や、ホーラは待ってましたとばかりに注文を連発する。


「〈エムカルゴとたっぷりバターのパスタ〉を十皿、〈エベリコ豚のステーキ〉を五皿、〈モンサーの香草パン粉焼き〉を十皿、――」


 その後もホーラの注文ラッシュは続き、ペンを握るミラネさんの左手が、淀みなく文字を記し続ける。


 ホーラの注文の量があまりにも多すぎて、僕はミラネさんの横顔を見ながら、そう言えば泣きぼくろのある人を見るのは初めてかもしれない、なんてことを考え始めるくらい手持ち無沙汰だった。


 そして遂に、注文を書いた紙が床に着きそうになった頃、


「――以上です」


 本人の口から大食いだとは聞いていたが、まさかここまでとは……。


 そりゃこれだけ注文すれば、ダンジョンで稼いだお金も一夜でなくなっちゃうよ。


 ホーラの注文ラッシュはいつものことなのか、ミラネさんは淡々と僕らに向かって「失礼します」と告げて一礼すると、身を翻してテーブルから離れていく。


「あ、ミラネさん!」


 そう言えば、ミラネさんに訊こうと思っていたことがあったんだった。


「……なんでしょうか」


 彼女は僕の声に一拍置いて振り返った。


 その顔は無表情だったけれど、内心では何だか怒っているように見えた。


「い、いえ、何でもないです」


「そうですか」


 ミラネさんは再び一礼すると、カウンター奥の厨房へと姿を消した。


 大量のオーダーを受け、大忙しで働く店員たちの姿が目に見えるようだった。


 周りの客から「ぎりぎりセーフだったな」とか「ちくしょう、俺まだ注文してねえって」とか声が聞こえてくる。


 さっきテーブルに着いたときに「奴が来たぞ」とか「メニューを見せろ」とか騒いでいた理由がようやく腑に落ちた。


 彼らはホーラよりも早く注文を済ませようとしていたのだ。


 ホーラの注文ラッシュよりも後の注文になってしまったら、料理が来るまでにものすごい時間がかかることになる。ホーラが僕に先に注文するように勧めたのも、それが理由か。


「料理が来るのが待ち遠しいです。――特別依頼についてですけど、セレはいつから動き出せそうですか?」


「僕はいつでも大丈夫だよ。毎日ダンジョンに潜って化石を掘っているだけで、予定があればそっちを優先するし」


「……セレは、特別依頼を受けるよりも、化石を掘っているほうがよかったですよね?」


「そんなことない。化石掘りは確かに楽しいけど、ホーラとこうして話すのも楽しいし。それに、たまには化石掘り以外のことをするのも悪くない。十層の階層主がいなくなったっていうのも、やっぱり気になるしね」


「それを聞いて安心しました」


 ホーラはほっと一息をつくと、


「私も明日から動けるので、早速明日から十層の調査に向けて準備を始めていきましょう」


「準備? 明日からダンジョンに潜るわけじゃないの?」


「はい。実際にダンジョンに潜るのはもう少し先にしたいです。ヘルハウンドが上層で確認された以上、他の中層のモンスターも上層に上がってきている可能性が高いです。まだ騒ぎになっていないところを見ると、上層に上がってきていても少数だと思いますけどね。それでも今の上層は、中層を攻略するくらいの実力がないと、十層まで辿り着けないと考えておいたほうが安全だと思います」


 中層か……。


 僕は今まで最も深いところで八層までしか潜ったことがない。


 中層である十一層から二十層のモンスターは未知の領域だ。


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