第9話 酒場のウェイトレスさん
クレアさんに僕の取ってきた化石と魔石の換金をしてもらい、僕とホーラは冒険者組合を後にした。
去り際に、クレアさんは「どうしてアレクトスさんと知り合いになったのか、今度みっちりと聞かせてもらいますからね」と僕の耳元で囁き、受付の仕事へと戻っていった。
明かりが灯る夜の街を、僕とホーラは並んで歩く。
あちこちの店から、笑い声や騒ぎ声が聞こえてくる。
「だいぶ遅くなってしまいましたが、よければこの後一緒にご飯でも行きませんか? 明日からの予定についても話し合いたいですし」
「うん、いいね。どこの店にしようか」
「私、いいところを知っています。パスタがとても美味しいんですよ」
「それは楽しみだな」
ホーラが案内してくれたのは、〈鏡界〉という酒場だった。
僕が普段お酒を飲まないことを彼女に伝えると、
「お酒は飲まなくて大丈夫なんです。私はいつも食事だけして帰ります」
とのこと。
店に入ると、店内にいる人たちの話し声がどっと耳に入ってきた。
テーブルでお酒を飲みながら会話を楽しんでいる冒険者たちもいれば、一人でカウンターで静かに食事をしている冒険者もいる。
「いらっしゃいませ~」
ウェイトレスの少女がそう言って、僕たちのほうへやって来る。
白を基調とした店の制服に身を包み、長い黒髪をポニーテールにまとめている。顔つきは幼く見えるけど、右の目尻にある泣きぼくろがチャーミングで、身長は僕よりも高い。大きな胸と腰つきの良さは、大人の女性という風だった。歳は十六、七歳くらいか。
「お、ホーラじゃん。今日も来てくれて……」
彼女はそこまで言ったところで、後ろにいた僕に気づき、動きを止める。
彼女はパチ、パチ、と音がしそうな瞬きをすると、ホーラの手を引っ掴んで、店の奥へとビュンと飛んでいく。
女性がホーラに何かを言い、ホーラが首を横に振るのが見えた。
そして二人は僕のいる、店の入り口近くへと戻ってくる。
ウェイトレスさんの後ろを歩くホーラの顔に、心なしか呆れが貼りついているように見えた。
さっきホーラに対して荒っぽい言葉遣いをしていた彼女はどこへ行ったのか、ウェイトレスさんは右手を胸に当てて優雅に一礼し、
「本日はお越しいただきありがとうございます。アレクトスさんから、当店に来られたのは初めてと伺いましたが、間違いないでしょうか?」
ホーラの呼び方まで変わっている!
僕はその点については触れずに、
「はい。こんなに素敵なお店があったんですね」
天井から吊り下げられたいくつものランタンが、店内をオレンジ色に照らしている。床は毎日磨かれているのか、淡褐色の木材が美しい光沢を放っていた。ついつい掃除を忘れがちな窓枠にも埃は積もっていなくて、掃除が行き届いているのが分かった。
「お褒めの言葉をいただき恐縮です。私の名前はミラネ・コストロです。ご来店は初めてということで、今日は私たちが精一杯おもてなしさせていただきます。素敵な時間をお過ごしくださいね」
彼女が一瞬にやりと笑ったような気がしたけど、僕の見間違いだろう。
「こちらへどうぞ」
そう言って僕とホーラが案内されたのは、店の奥の壁際にある二人掛けのテーブル席。
僕が壁に向かって左側の、ホーラが右側の席に腰を下ろす。
ミラネさんは「初めての方へのワンドリンクサービスです。お連れ様もどうぞ」と言って、僕とホーラの前にリンゴのジュースを差し出す。
「では、後で注文を伺いに参ります」
ミラネさんは一礼をしてから、テーブルを離れていった。
周りの客から「おい、奴が来たぞ」とか「さっさとメニューを見せやがれ」とか色んな声が耳に入ってきた。何を騒いでいるのだろう。
「ホーラはこの店によく来るの?」
「はい。ご飯がとても美味しいですし、お酒を飲まなくても歓迎されますから」
お酒を飲まなくても歓迎してくれる酒場は珍しい。
多くの酒場では、お酒を飲まない客を雑に扱いがちだ。お酒を飲みながら長時間滞在してくれる客はたくさんお金を落としてくれるけど、ご飯だけの客は大抵食べ終えたらすぐに帰ってしまうからだ。
だから、お酒を飲まない僕なんかは、いつもご飯を食べることがメインの食堂に行っていた。
「さっきのミラネさんとは仲良さそうだったね。この店で知り合ったの?」
「……ええ、まあ。彼女とは以前お店の外で知り合って、そのときにここを教えてもらいました。それで、よく晩御飯を食べに来ています」
何だか歯切れの悪い物言いだった。ミラネさんと喧嘩でもしているのか。
だけど、さっき店に入ったときのミラネさんは親しげで、ホーラと喧嘩している雰囲気じゃなかったし……。
もしかして、ホーラが一方的にミラネさんを嫌っているとか?
だけど、それだったらこの店にホーラが通わなければいいだけで……。
まさか、ここのご飯がめっちゃ美味しいから、ミラネさんとの関係を我慢してでも店に通っている?
ホーラは僕の命の恩人だし、何とかしてミラネさんがホーラと顔を合わせる機会を減らすように、僕が頑張らなければ――。
「セレ。変なことを考えてませんか?」
「え?」
「多分セレが考えているようなことにはなっていないので、気にせず注文するメニューを決めましょう」
ホーラはそう言って、僕のほうへとメニューを向ける。
ホーラが、気にするな、と言うのなら、僕がこれ以上考えるのもおかしな話だ。
このことについては、綺麗さっぱり忘れてしまおう。
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