第8話 特別依頼

 十分ほどして、クレアさんは「お待たせしました」と言って戻ってきた。


 彼女は真剣な眼差しをホーラに向け、

「アレクトスさん。特別依頼として、十層で何が起きているのかを調べてもらうことはできませんか?」


 冒険者組合での依頼は、そのほとんどが公募制で、条件さえ満たせばどんな冒険者やパーティでも受注できる。だけど、中には特別依頼と言って、冒険者組合から特定の冒険者やパーティに直接依頼が行くことがある。


 クレアさんが先ほど席を外したのは、組合長にこの件を相談するためだったのだ。


 特別依頼のことは知っていたけど、実際にそれが依頼される場面を見るのは初めてだった。


「依頼は強制ではありませんし、調査が難航した場合は、途中で受注をキャンセルしてもらって構いません。その場合でも、相応の報酬をお約束します、もちろん、依頼が達成された場合には、かなりの額の報酬をお支払いします」


 かなりの額の報酬、という言葉に心動かされたのか、隣に座るホーラの体がぴくりと震えたのが分かった。


「……具体的には?」


 ホーラの懐事情(弱点)を理解しているクレアさんは、彼女に特大の一撃を放つ。


「達成報酬は、十万ウルスでいかがでしょうか」


 ホーラの体が、ビクンっ、と明らかに震えた。


 宿一泊で百ウルスが相場だから、なんと宿千日分の報酬! 


 かなりの高額依頼だ。これならホーラの懐事情も一気に改善されるに違いない。


「な、なるほど。お話は分かりました」


 ホーラは落ち着いた風に振舞おうとしているようだったが、大金に心動かされているのが丸わかりだった。


 もし僕なら間違いなく即オーケーするな。十万ウルスもあれば、化石掘りに役立つ道具を色々と買い足せるし、ハンマーも消耗品で毎日買い換えないといけないし――お金はいくらあっても困ることはない。


「その依頼、承ります。――ただ、一つ条件を出してもいいでしょうか」


 ホーラはそう告げると、なぜか僕のほうを見た。


「セレとの二人パーティということで、依頼を受けさせてください。もちろん、成功報酬は、私たち二人合わせて十万ウルスで構いません。――セレ、私と一緒に依頼を受けてくれませんか? もちろん成功報酬の半額である五万ウルスはセレのものです。もしそれで足りないようなら、六万、七万、全額の十万ウルスでも」


「ちょ、ちょっと待ってよ」


 僕はホーラの話を遮って、

「報酬の話は置いておくとして、なんでホーラは僕を誘うわけ?」


「……セレは、私といるのが、嫌、ですか?」


 しょんぼりとした様子で上目遣いをするホーラに、


「そうじゃないよ。ただ、どうして僕を誘ったのかなと思って。だって僕はホーラに比べたらめっちゃ弱いし、絶対に足手纏いになるよ? それに、僕が冒険者たちに何て呼ばれているか知ってる? エセ冒険者、石遊びをしている子ども、――他にも色々言われてる。僕に実力がないのは確かだし、ホーラだけで依頼を受けたほうが絶対にいいって」


 彼女は首を横に振ると、

「今のところ、十層で何か異変が起きているということ以外、何も分かっていません。事前情報は皆無と言っていいわけです。そんな状況で大切なのは、現場に行って、些細なことも見逃さない観察眼です。さっきセレと一緒にいたときに確信しました。セレには化石ハンターとして鍛えた類稀な観察眼があります。それが今回の依頼に役に立つと思ったから、私はセレを誘いました。――それでも、セレはまだ自分のことを役立たずなどと言うつもりですか?」


 ホーラがぐっと顔を寄せてくる。何だか怒っているようだった。


「あ、ああ。そういうことなら、僕も一緒に行くよ」


「分かればいいんです。分かれば」


 そしてホーラは、むんずとソファに座り直した。


「冒険者組合としても、必要に応じてパーティを組んでもらって構わないと考えています」


 クレアさんはそう言って立ち上がると、頭を下げて、

「アレクトスさん、よろしくお願いします。――セレくんも頑張ってね。無茶だけはしないように」


 僕に向かってウインクをするクレアさんは、僕の知っている、ちょっとお茶目ないつもの彼女だった。

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