第6話 冒険者組合と受付嬢

 ダンジョンを出た僕たちは、一緒に冒険者組合へと向かった。


「いらっしゃい。今日は遅かったね、セレくん――んんん⁉」


 建物に入ると、受付にいたクレアさんが声をかけてきた。


 かと思えば、彼女はビュンと僕のところへやって来て、耳元でひそひそ声を出す。


「ちょっと、どうしたの⁉」


 クレアさんと呼んでいる彼女のフルネームは、クレア・サンドリア。


 亜麻色の髪がよく似合う冒険者組合の受付嬢で、かっこいい制服に身を包んだ彼女は、いかにもバリバリ仕事ができる女性といった風だ。

 

 彼女を近寄りがたく感じる男性冒険者がいるって話を小耳にはさんだことがあるけど、僕は、まさかそんなはずがない、と思う。


 彼女はダンジョンで手に入れた化石や魔石の換金以外にも、ダンジョンで珍しい化石が発見されたら知らせてくれたり、発掘に役立ちそうな装備を街で見かけたら教えてくれたりと、とても親切だ。

 

 それに、ちょっとお茶目な一面もあって、彼女は理想の受付嬢だと僕は思っている。


「どうしたって、何がですか?」


 僕がクレアさんにそう問い返すと、


「どうしてセレくんが、アレクトスさんといるの?」


 アレクトス?


「ああ、ホーラのことですか?」


「呼び捨て⁉」


 僕はクレアさんが何に驚いているのかよく分からず、話を続ける。


「帰り際にヘルハウンドに襲われたところを助けてもらったんです」


「ヘルハウンドに襲われたぁ⁉ セレくん、中層に潜ったの? あれだけ上層にしときなさいって言ったのに」


 クレアさんが、むっとした顔になる。驚いたり怒ったり、クレアさんはいつも表情がコロコロと変わる。


「い、いえ。それが上層にヘルハウンドが出たんです。しかも三層に」


「本当に~?」


 クレアさんは僕の言葉の真偽を確かめるように、その整った顔を僕の顔に近づけ――。


「あ、あの」


「は! すみません、アレクトスさん。魔石の換金ですよね。こちらへどうぞ。――セレくん、君はちょっとそこのソファで待ってて。話を聞かなきゃいけないから」


 ホーラを放置していることに気づいたクレアさんが、慌てて彼女を受付へと案内する。


 僕はソファに座り、ホーラがクレアさんに換金してもらっている光景を眺める。


 周りの冒険者たちが「すげぇ数の魔石だな。さすがだ」とか「やっぱりいつ見てもかわいいよな」とか言っている。

 

 ホーラは有名人らしい。ヘルハウンドを一撃で倒すほどの実力だ。みんなが彼女のことを知っていてもおかしくない。


 僕よりも年下なのに、すごいな~と思いながら見ていると、


「おい、お前」


 そう言って、野太い声をした男性がそばにやってきた。色黒な肌に角刈りの頭。頬には紺色の刺青を入れている。身長は百七十センチ程で、筋肉質な体つきをしていた。歳は二十代前半か。


「僕、ですか?」


 僕はソロで化石ハンターをしているから、知り合いは多くない。彼とも初対面だった。


「当たり前だろ。俺の目線の先にお前以外の誰がいるっていうんだ」


 僕は後ろを振り返る。外は暗く、見えたのは窓に映った僕の顔だけだ。


「……舐めてるのか、お前」


 男がこめかみに青筋を浮かべる。


「い、いえ。そんなつもりは全く」


 僕は首をぶんぶんと横に振る。


 彼はぐいと顔を近づけてきて、

「なんでお前みたいな石遊びをしている子どもが、あの子と一緒だったんだぁ?」


 どうやら彼は僕のことを知っているらしい。化石ハンターを仕事にしている人は少ないから、彼が僕のことを一方的に知っていても不思議じゃないか。


「ダンジョンでモンスターに襲われたところを、たまたま助けてもらったんです」


「けっ! これだから“エセ冒険者”は気に食わねえ。何が『助けてもらったんです』だ。自分の命くらい自分で守りやがれ。それが無理なら、大人しく家で母ちゃんのおっぱいでも吸ってるんだな。――これからは金輪際あの子に近づくんじゃねえぞ」


 彼はそう言って僕のそばを離れ、パーティメンバーと合流する。彼らは換金しているホーラのほうを遠目にチラチラ見ながら、何やら楽しそうに話している。


 しばらくすると、換金を終えたのか、ホーラがこちらにやって来た。


「セレ、大丈夫ですか? 落ち込んでいるように見えます」


 彼女の後ろには、クレアさんもいた。


 僕は首を横に振って、「いや、大丈夫だよ」と答える。


 ホーラは僕の答えに納得しているようには見えなかったけど、それ以上は尋ねずに、

「上層でヘルハウンドが出現した件について、クレアさんに状況をお伝えしておいたほうがいいかと思いまして。よければセレも一緒に来てもらえませんか」


「もちろん行くよ」


 クレアさんが僕たちを奥の待合室に案内する。ロビーにいた冒険者たちの視線を感じた。さっきの角刈りの男が僕をにらみつけてくる。


 僕は前を歩くホーラの耳元に顔を寄せ、手で口元を隠しながら彼女に小声で尋ねる。


「ねえ、彼ってホーラの知り合い? ほら、あのすごくこっちを睨みつけてる人」


 僕の目線の先を見たホーラは、

「いえ、何度かここで顔を見かけたことはありますけど、一度も話したことはありません。それがどうかしましたか?」


「ううん、何でもない」


 てっきり彼がホーラの知り合いで、ホーラの身を案じてさっきのようなことを僕に言ってきたのかと思ったんだけど、そういうわけでもないらしい。


 

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