第5話 少女の懐事情

 ホーラは広げた両手を体の前に突き出して、


「わ、私の話はこれくらいにして、セレのことをもっと知りたいです。今日はどんな化石が見つかったんですか?」


 お、よくぞ聞いてくれた!


「今日はスライムの巣窟で掘ってたんだけど、一つ目に見つかったのが、これだね」


「――すごく小さいです」


「うん。スライムの赤ちゃんの化石」


「へぇ~、スライムも赤ちゃんのときがあったんですね」


「確かに冒険者にとっては馴染みがないかも。ダンジョンで戦うスライムは成体ばかりだし。僕も生きている赤ちゃんスライムは見たことがないよ。一体どこで育ってるんだろうね」


「不思議ですね」


 ホーラは赤ちゃんスライムの化石を手に取って、興味深そうに色々な角度から眺めている。


「これまで上層でたくさん化石を掘ってきたけど、赤ちゃんスライムの化石を見たのは、これが二回目かな。かなり珍しい。しかもほら、僕も今見ていて気づいたんだけど、このお尻のところを見てみて」


「――あ! 何か描かれています。何でしょうかこれは……」


 化石全体の大きさが三センチ程と小さく、お尻の部分の模様となると、ミリ単位の大きさになる。肉眼ではどんな模様が描いてあるのか分からない。


「ちょっと待って。――はい、これを使って」


 ザックから取り出した虫眼鏡をホーラに手渡す。


「ありがとうございます。――これは、雷のマークですね。ひょっとすると、サンダースライムですか」


 僕は彼女から虫眼鏡と化石を受け取って、

「どれどれ――。うん、正解。この化石はサンダースライムの赤ちゃんだ」


 以前に見つけた赤ちゃんスライムの化石は、お尻のところに何もマークがなかった。あれは普通のスライムの赤ちゃんだったのだろう。


「すごいです。スライムってお尻のところにマークがあったんですね」


「うん、だから化石になって、生きていた頃の色が失われても、何のスライムだったが分かるんだ。それにしても――」


 僕はかなり興奮していた。


「これは大発見だよ! スライムの種類については、これまで二つの仮説があったんだ。一つ目が、赤ちゃんの頃はどれもみんな同じ普通のスライムで、成体になるときにファイヤースライムやサンダースライムみたいに分かれる説。そしてもう一つが、生まれたときからスライムはその種類が決まっている説。今回赤ちゃんスライムの化石に模様が見つかったことから、この二つ目の仮説のほうが正しいことが分かったんだ」


 化石は本当にたくさんのことを僕たちに教えてくれる。


 これだから化石ハンターはやめられないんだ。


「スライムについてはまだまだ解かれていない謎がたくさんあって、特に大きな謎とされているのが、そもそもスライムがどうして化石になるのかっていう点。化石は生物の骨とか殻とか、硬い部分だけが化石になっていることが多いんだ。だけどスライムの体って、全身が軟らかいよね。どういう仕組みで化石になるのか。おそらくスライムの体が特別なんだろうけど、何がどう特別なのかは誰も知らない。それについて僕は、スライムは死んで時間が経つと、全身が硬くなるんじゃないかって考えていて、――」


 その後も僕はスライムの謎や化石発掘の面白さについて話し続け、気づけばかなりの時間が経っていた。


「ごめん! 僕ばかりずっとしゃべっちゃって。外はもう暗くなってるんじゃ……。早く帰らないと明日に響くよね。本当にごめん」


「いえ。セレの話はとても面白かったです。私もダンジョンには何度も潜っていますけど、初めて聞く話ばかりで、思わず夢中になって聞いてしまいました」


 僕たちは地上に向かって並んで歩き出す。


「ホーラは聞き上手だよね」


「そうでしょうか? 自分では特にそんな風に思ったことはないですけど」


「初対面なのにすごく話しやすいし、僕もつい夢中になって色々話しちゃったよ」


「そう言ってもらえると嬉しいです。――セレはこの後どうするのですか?」


「冒険者組合に行って、化石を買い取ってもらおうと思ってる。後は、化石を掘ってる途中に遭遇したスライムを何匹か倒したから、そのときに手に入れた魔石もかな。ホーラは?」


「私も冒険者組合に行くつもりです。売るのはモンスターを倒して手に入れた魔石ですね」


 ホーラはそう言って、腰に身に着けた小さめの巾着袋の口を開けた。中には魔石がたくさん入っている。


「おお! それだけ魔石があれば、今夜は美味しいご飯が食べられるね」


 何気なく口にした僕の言葉に対して、ホーラは小さな声で、


「少ないです」


「え? ……美味しいご飯を食べるには、十分な量の魔石だと思うけど?」


 彼女は耳を真っ赤にして顔を伏せると、


「実はその、私、たくさんご飯を食べるほうで……」


「そうなの⁉ 意外だ」


 彼女はゆったりとした麻のローブを着ているけど、少なくとも太っているようには見えない。どちらかと言えば、スリムな体型をしているように見える。


「魔石を売って手に入れたお金も、ほとんどがご飯代に消えてしまうので、全然お金が貯まらなくて……」


「もしかして、麻のローブを着ている理由って」


 麻のローブと言えば、駆け出しの冒険者でさえ、まず着ない代物だ。布一枚だけを身に着けているのと変わらず、防御力は皆無と言っていい。モンスターの攻撃を受けたらひとたまりもない。


「……はい、防具とか鎧とかを買うお金がないので」


 てっきりモンスターからの攻撃を滅多に受けないから、身軽な麻のローブを着ているのかと思っていた。


 まさか、お金がないことが理由だったとは。


 毎日化石や少量の魔石を売ってギリギリで生活している僕が、偉そうに言えたことじゃないけどね……。

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