第4話 名刀と少女の実力

「え?」


「信じられないかもしれないですけど、私がこんな感じで斬りたいって思うと、カザミユキが私の身体に乗り移ったみたいな感覚になって、自然と体の動かし方が分かるって言うか……」

 ホーラの声がどんどん小さくなっていく。


「うーん」

 刀が体の動かし方を教えてくれるっていうのは、どんな感じなんだろう。いまいちピンと来ない。


 ホーラはチラチラと上目遣いでこちらを見ている。


「あ、そうだ。そのカザミユキをちょっとだけ僕に使わせてもらってもいいかな。そしたら、ホーラの言っていることがどんな感じか理解できると思うんだ」


「はい。ぜひ使ってみてください。ただ、カザミユキとの相性もあるので、ひょっとすると反応してくれないかもしれないですけど」


 ホーラが僕の手に柄を握らせる。


「握ってみた感じ、特に何か不思議な感じがするってこともないかな。もしかして、僕は相性が悪いとか?」


「あ、いえ。単に柄を持っただけなら、特に何も感じません。そこから、こんな感じで対象を斬りたいって思ったときに体が自然と動き出せば、カザミユキとの相性がいいってことになります。ただ、セレの場合は――」


 なるほどね。じゃあちょっと、そこの壁の表面を軽く真一文字に――っと、お、体が勝手に――。


「痛っ!」


 束の間全身に激痛が走り、刀を取り落してしまう。


「大丈夫ですか⁉ セレは相性がいいみたいです。ただその場合、体が出来上がっていないので、カザミユキの思い描く動きについていけず、全身に激痛が走るかも、と言おうと思ったのですが……。遅かったみたいです。ごめんなさい」


 ホーラは「どこか痛めてないですか? 大丈夫ですか?」と、体を密着させてペタペタと僕の腕や脚を触る。


 彼女の身体からほんのりと甘い香りが漂う。


 どこか懐かしく、心地よい香りだった。


「大丈夫だよ。――こっちこそ大切な刀を落としちゃってごめん」


 僕はカザミユキを拾って、ホーラに返した。


「いえ。カザミユキは頑丈ですから。セレとの相性がよくて安心しました」


 刀は途中で取り落してしまったが、ホーラの言う通り体が自然と動く感覚があった。


「やっぱりホーラはすごいじゃないか。ホーラは痛みなしでカザミユキを扱えるんだよね。それってすごく体を鍛えたんじゃないの?」


「はい、かなり鍛えました。それで、からだの色々なところに筋肉がついてしまって……」


 ホーラは恥ずかしそうに自分の体に腕を回した。


「僕もホーラみたいに強くなりたいよ。そしたらもっと深い階層まで潜って、色んな化石を掘れるのに」


「化石を掘るために強くなる。セレは根っからの化石ハンターですね」


 彼女はくすりと可愛らしく笑った。


「変かな? どうしても化石のことばかり考えちゃうんだ」


「いえ。熱中できることがあるのは、いいことです」


 ホーラは鞘にカザミユキを戻した。


「ホーラはどうしてダンジョンに潜っているの? やっぱりダンジョンを探検しているとわくわくするから?」


「そうですね……」


 彼女は白い顎に指を添えて、

「やはりダンジョンの最下層には興味がありますね。色々なことが噂されていますけど、実際に辿り着いた人は誰もいないと言われていますし」


 ダンジョンは上層、中層、下層、深層の四つに分けられ、それぞれに十層ずつの階層がある。つまり、一層から十層が上層、十一層から二十層が中層、二十一層から三十層が下層、三十一層から四十層が深層というわけだ。


 十層、二十層、三十層には階層主と呼ばれる強力なモンスターがいて、冒険者たちが次の階層へ行くには、それら階層主を倒す必要がある。


 そして最下層とは、深層の一番下の四十層のことだ。誰も到達したことがないのに、どうして四十層が最下層だと判明しているのかは謎だ。ひょっとしたら誰か過去に到達した冒険者がいたのかもしれない。それが公になっていないだけで。


 ともかく、四十層には色々な噂がある。


 四十層にも階層主がいて、倒せば別の新たなダンジョンへの入口が開かれるっていう噂もあれば、四十層には階層主じゃなくて神様がいて、何でも一つ願い事を叶えてくれるって話も聞いたことがある。他にも、四十層にはこの世のすべての金銀財宝が眠っているとか――。僕がいつか発掘したいと思っている〈幻の化石〉もそれら噂の一つだ。


「最下層には僕もいつか行ってみたい。〈幻の化石〉が眠っているって言われているから。そのためにも、もっと強くならないとね。まだ僕は上層の階層主の討伐隊に入れてもらえるほど強くないし。ホーラはどの辺までダンジョン攻略してるの?」


「今日で十五層まで行きました」


「すごいじゃん! しかもソロでしょ⁉」


「はい」


「……まさか階層主も一人で倒した、なんて言わないよね?」


 階層主は強力なため、パーティや臨時の討伐隊で挑むのが常識だ。僕は冗談半分のつもりでそう訊いてみたんだけど、


「……」


「ホーラさん?」


「…………」


「ホーラ? 聞こえてるよね、その反応」


「…………倒しました。階層主も、一人で」


「マジで?」


「マジです」


「マジで⁉」


「マジのマジです」


「マジか!」


 この子、僕が想像してるよりも遥かに強かった。上層とはいえ、階層主をソロで倒すとか、メッチャ強いじゃん。中層、下層の階層主の討伐隊にも勧誘されるくらいの実力があるのでは?

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