第2話 スライムの化石
ダンジョン三層〈スライムの巣窟〉。
「防音障壁、発動」
僕は小声でそう詠唱し、音が外部に漏れないようにする魔法障壁を展開する。
化石ハンターにとって、防音魔法は必須スキルだ。と言うのも、化石を採掘するときに、壁や地面の石を叩いて割るんだけど、その音が結構大きくて、ダンジョンに棲むモンスターをおびき寄せてしまうからだ。
「次は、――危険感知、発動」
危険感知は、モンスターがこっちに近づいてきたときにアラームで知らせてくれる魔法だ。魔法の発動範囲は、魔力量が許す限り自由に決められる。
あまり広い範囲に設定してしまうと、魔力がガンガン削られてあっという間に底をつき、採掘を短時間で切り上げないといけなくなったり、近づいてきていると思ったモンスターが途中で別の道に折れて、術者が無駄にひやひやする羽目になったりする。
化石ハンターは危険感知の発動範囲を十メートルに設定することが多い。十メートルあれば、足の速いモンスターでも、逃走に役立つアイテムを使いながらダッシュで逃げれば、逃げ切れるからだ。
だけど僕は現在十一歳で、魔力量は成長途中の段階。発動範囲を十メートルにすると、半日で魔力がゼロになってしまう。
そのため僕はいつも五メートルに設定している。ダンジョン上層の一から十階層であれば、足の速いモンスターも少ないため、五メートルでも危険な状況に陥ることは少ない。
「よし。これで準備オーケーっと」
僕は背負っていたザックから、ハンマーとタガネを取り出す。ハンマーは石を強い力で大雑把に割るために、タガネは石を少ない力で細かく割るために使う。化石ハンター必須の道具だ。
辺りをさーっと見て、化石が出そうな石を探す。
これまで色んな石を割ってきて、何となくだけど、化石が出る石の見た目には特徴がある気がする。形とか、色とか、肌ざわりとか、石を決める要素はたくさんあって、形が○○な石だったら化石が出る、みたいに簡単に言葉にできればいいんだけど、今の僕では上手く表現できない。
多分、色んな要素が複雑に絡み合っているから、言葉にしづらいんだと思う。今の僕は、石を割りまくったおかげで「化石が出る石」が感覚的に分かるようになったってことなのかな。
「あちゃー、外れだ」
そんな風に偉そうなことを考えていた僕だけど、石を割って、化石が出ない「外れ」を引くことのほうが多い。
でも、だからこそ化石ハンターの仕事は面白い。割った石全部で化石が出たら、全然やりがいがないもんね。
僕が今いる場所〈スライムの巣窟〉は、スライムがよく出現する。駆け出しの冒険者が基本的な戦闘技術を身に着けるのによく使う場所だ。
今も道の先から、ブンッ、ブンッ、とぎこちなく剣を振るう音が聞こえてくる。
僕が発動している魔法〈防音障壁〉の優れているところは、遮断するのは内から外に出て行く音だけで、外からの音は問題なく聞こえる点だ。いくら〈危険感知〉を発動しているとは言っても、音が聞こえないと万が一っていうこともあるからね。
「――お、発見」
三つ目の石を割ったところで、化石が出た。
スライムの化石だ。
ここ〈スライムの巣窟〉では、生きているスライムだけでなく、スライムの化石も多く出る。〈スライムの寝床〉なんて呼ぶ化石ハンターもいるくらいだ。
しかも、今見つかったのは、大きさ三センチほどの赤ちゃんスライム。スライムは生まれてから成体になるまでの時間が半日と短いため、赤ちゃんスライムの化石が見つかるのはなかなか珍しい。
ダンジョンの十層近くまで潜るようになった今でも、僕はこうして三層の〈スライムの巣窟〉に来ることがある。
それは、スライムと一口に言っても、色々な種類のスライムの化石が見つかるからだ。
ただのスライムを始め、炎を操るファイヤースライム、雷を操るサンダースライム、水を操るウォータースライムなど。
冒険者の人にその話をしたら、とても不思議がられる。彼らはそれらスライムの見た目の違いは色だけで、化石になったら区別がつかなくなると思っているのだ。
だけど、それは違う。
実は、スライムのお尻のところには、そのスライムが何スライムかを表すマークがある。ファイヤースライムなら炎の模様、サンダースライムなら雷の模様、みたいにね。模様の大きさは一センチくらいで、とても小さいんだけど。冒険者の人はスライムと正面切って戦うことが多いから、気づかないんだろうね。
他にも、珍しいものだと、金属のからだをしたメタルスライムや、七色のからだをしたレインボースライムなんかも見つかることがある。今見つかった赤ちゃんスライムもそうだ。
もっと深い階層に潜ると、王冠を被ったキングスライムや、龍に(見た目だけ)変身できるドラゴンスライムみたいな大きいスライムの化石も見つかるらしい。だけど今の僕じゃ深い階層には潜れない。強力なモンスターに遭遇したら、あっという間に倒されてしまうからだ。
ダンジョンでモンスターに倒されることは、すなわち死を意味する。
化石を掘るのは好きだけど、自分から命を捨てるような真似はしたくない。僕を産んでくれた母や、育ててくれた父のことを考えると尚更だ。
強いモンスターを倒せる戦闘力と、どんな化石でも掘り出せる発掘技術。
その両方を兼ね備えた者が、真の化石ハンターなのだ。
僕は慎重にタガネの先端を石に当て、化石を壊さないように、ハンマーでそのお尻を叩いていく。
カン、カン、カン、――。
小気味のいい音が耳をくすぐる。その心地よい音に浸っていると、ついタガネを打つペースが早まりそうになる。だけどそこはぐっとこらえて、丁寧に化石の周りの石を砕き、取り除いていく。
ダンジョンがいつ誕生したのかは明らかになっていないけど、化石になるには何万年という長い時間が必要だと聞いたことがある。
この化石は、スライムが何万年も前からこの〈スライムの巣窟〉に棲んでいた証なのだ。
「――よし。採掘完了っと」
僕は無事きれいに掘り出せた赤ちゃんスライムの化石を、手のひらに乗せる。
この化石は何万年という時間が積み重なって、生まれてきたのだ。
そう考えると、こうして手のひらに乗るほどの小さな化石が、とても大きなものに感じられるから不思議だ。見た目の大小問わず、化石との出会いは、僕の心を悠久の時へと誘ってくれる。――なんて、カッコつけすぎかな。
「――よし、今日のところはこんなものかな」
外はもうすぐ陽が落ちる頃だろう。無理して採掘作業を続けると、判断力が鈍ってモンスターへの対処が甘くなってしまったり、疲れが十分に取れずに明日の採掘作業に響いてしまったりするリスクがある。引き際を見極めるのも、化石ハンターとして大切なことだ。
ハンマーやタガネなどの採掘道具をザックに仕舞っていると、〈危険感知〉に反応があった。
ダンジョンでは、有志の冒険者たちが、マッピングされたすべての道の壁にランタンを一定間隔で灯してくれている。そのため、道の先は常に明るい。
僕の〈危険感知〉の発動範囲は五メートルと短く、振り向けば対象のモンスターが目に映る距離だった。
〈危険感知〉で反応があった右の道に、瞬時に目をやる。
近づいてくるモンスターの姿を見て、心臓が凍り付く。
血のように赤い瞳に、漆黒の体躯。四本足で歩くその姿は、巨大な狼を思わせる。
「……ヘルハウンド」
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