第十話

 しくじった。

 こんなに簡単に協力者が得られるはずもない。きっと町から僕に対する試験のようなものなのだろう。すでに一手ミスをしてしまった。これ以上ミスをして、町からの不信感を高めるわけにもいかない。

 僕は後ろを歩く二人の足音を聞きながら、必死で頭を回転させる。向こうから近付いてくるなんて、怪しいにも程がある。協力者としての友達をつくるなら、自分から近付きたい。今回に限っては、友達はしっかりと吟味したほうが絶対にいい。とりあえずこの二人は怪しいので、友達候補にはしないことにする。

 だが、もし試験なのだとしたら、相手からの信頼は得て損はないだろう。協力者にはならないが、仲良くなる努力はしようと思う。

 腰くらいまである草をガサガサとかき分け、奥へと入っていく。この怪しい二人組とは、小屋の裏手のやぶに入って話し合うことにした。小屋の中で話し合いをしようとしたのだが、二人が固辞したのだ。和彦の小屋には入りたくないらしい。曰く「和彦さんは恐ろしいから嫌だ」だそうだ。それに加えて「誰にも見られたくない」とも言っていた。

「それで、とりあえず名前聞いてもいいですか?」

 相手を名前で呼ぶと、より親近感を感じやすくなるらしい。どこで得た知識かは全く分からないが、雑学として頭の中には入っている。

 彼らが本当に町のスパイなら、仲良くなることにメリットも大きいはずだ。町からの信頼は得たほうが今後脱出するときにも役に立つだろう。なにより、あの蔑んだ目は少しトラウマになっている。二人を通じて僕の良い評判が町に広がったらいいが、あまり期待はしないでおく。

「えっと、俺は正則まさのりだ。岩瀬いわせ正則まさのり。こっちは安川やすかわじん

 正則は比較的堂々と喋るが、仁はおどおどしていて自分からは話さなかった。

 正則は僕よりも頭半分くらい背が高い。細い足に、筋張って硬そうな胴体が乗っかっており、さらにその上には幼さがわずかに残る顔がついている。顔の肌はガサガサで、白くカサついていた。薄手の半袖Tシャツがよく似合っている。デフォルメして絵に描くなら、確実に鼻水を垂らしているだろう。

 仁は正則の肩にも届かないくらいの身長だ。しかしその顔は正則よりも大人びており、ずっとどこか不安そうな顔をしていた。正則よりも足が細い。蒸し暑い季節なのに厚い服を着ていてうっすら汗をかいている。

「僕は長嶋颯太。よろしく」

 握手を求めながら笑う。

 仲良くなりたいので早めに敬語をやめたい。しかしいつタメ口になっていいか分からないので、さっそくタメ口にしてみた。向こうもそうなのだから、問題もないだろう。

「よろしく……お願いします」

 正則は僕の手を握り返し、目だけで笑う。冷たい手だった。

 口でも笑おうとしているのだろうが、慣れていないのか全く動いていなかった。タメ口で返したのが皮肉にでも聞こえたのか、とってつけたような敬語を使ってくる。

「お互いタメ語でいこう。町の人とは仲良くなりたいんだ」

 にっこりと笑う。ぎこちなくなっていないか不安になるが、自分の表情筋を信じるしかない。口の横の辺りがぴくぴくとしていて、今にも攣りそうだ。これでは正則のことを笑えない。

 二人は不安そうな顔をしていた。僕の笑顔が不気味だったのか、それともこの状況が不安なのか分からないが、こっちも不安になるからその表情はやめてくれないだろうか。

「……分かった」

 やはりぎこちない。仲良くなるにはまだ時間がかかりそうだ。こちらは信用するつもりは毛頭ないので、そういった関係を「仲良くなる」と言うのかは分からないが。

 僕は仁にも手を差し出し、握り返されたのを確認して喋り出す。仁の手は暖かかった。未だに仁の声は聞いていないが、わざわざ聞いてもいいことはないだろう。

「で、いきなりなんだけど町の外に出たいって?」

「そうだ」

「理由を聞いてもいい?」

「いや、それは言いたくねえ。それでもいいか?」

 正則の言葉に、横で仁も頷く。二人の願いを無下にする理由もない。

「分かった。先に言っとくけど、僕自身は出ていくつもりはないんだ。だから協力だけならするけど、一緒に出ていきはしない。それでもいい?」

「出てかないのか?」

 心底不思議そうに聞いてくる。もちろん、出ていくつもりだ。だが、こいつらにそれを言ったところで、害にしかならないだろう。「意外と居心地が良くてね」と心にもないことを付け加えておく。

「正則。仁。君たちは脱出の仕方に心当たりはあるのかい?」

「一つだけある。あんたはどうやって入ってきたんだ?」

「それが分からないんだ。気付いたらこんなところにいてね」

「そんな……」

 正則はがっかりした表情になる。仁はそれが分かっていたかのように表情に変化はなかった。

「どうしたの?」

「……あんたがやってきた方法の逆をやれば出れるんじゃないかと思ってたんだ」

 その方法が分かっていれば、僕はとっくにここからいなくなっている。

「ごめん。他に心当たりはない?」

 正則はうつむいて無言になってしまった。

 この二人は僕がこの町にやってきた方法を探るために来たということか。ここに来て、僕のなかに二人が本当に脱出を望んでいるのではないかという疑念が首をもたげる。

 突然聞いたことのない声が聞こえる。仁が口を開いたのだ。

「役場に行けば、何か資料があるかもしれない」

「でもあそこは入っちゃダメなんだぞ」

「馬鹿。それを言ったらそもそも脱出がダメだ。今更何言ってんだ」

「あ、そうか」

 僕は口を開けて二人を見る。案外饒舌じゃないか。なぜさっきまで黙っていたのだろう。いやそんなことよりも、聞きたいことがある。

「女?」

「……そうだよ。悪かったな」

 明らかに高い声だった。僕の知っている「仁」という名前は男の名前だったのだが、この町では女の名前らしい。

「ああ、いやあんまりにも不意打ちだったからびっくりしただけだよ」

「そうかい」

 不機嫌な声だ。さっきまでの不安そうな表情は、不安なのではなく不機嫌な表情だったようだ。

「じゃあ、何とか役場に侵入してみる?」

「そうしよう!」

 正則はそう答えた。仁は不機嫌な顔でそれを見ていた。

 僕はどういう表情をすればいいか分からなかったので、とりあえず笑っておいた。これまでで一番ぎこちなかったことだろう。

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