第二章 協力者

第九話

 友達とは、作ろうとして作るものだろうか。そんなことは無い気がする。今のところ自分に友達がいたことがあったのかは全く分からないが、それは分かる。だが、今の状況ではそうしなければならない。

 部外者にコミュニティの秘密を教えることは、普通であればない。秘密があるからこそコミュニティは結束していられるのだ。秘密の無い結束は、すぐ分裂してしまうほどの緩い繋がりにしかなりえない。だから口の軽い人間は他人に嫌われるのだ。

 和彦の反応からして、この町の起源に関わる何かは、他人においそれと教えたい類の物ではないのだろう。秘密を知りたければ、この町の住人に仲間だと思われる必要がある。僕はこの町の誰かと友達か、それに準ずる何かにならなければいけない。

 口の軽い人間に接触してもいいが、その場合は僕が町から逃げようとしていることを誰かに告げ口されてもおかしくない。できればこの町の中でも、狭いコミュニティに潜り込みたい。

 引き抜いた雑草を束にして手に持つ。手のひらに収まるほどしか抜いていないのに、僕の腰ときたらもう休みたいと言う。畑の段を二、三個越えた先に視線をやると、さっさと草を抜いていく和彦の姿があった。昨日と変わらない格好で、これまでと同様に渋い顔をしている。腰に手をあてて伸ばすと、その開放感から思わず声が漏れる。ついでに遠くを見ると、帽子をかぶって同じように腰を曲げている男たちが見える。みんな僕よりも長いこと作業をしているはずだ。きっと彼らは、将来腰を痛めてしまうことだろう。

 座り込み、作戦を考える。大人は考えが凝り固まってしまって、僕を受け入れようとは絶対にしないだろう。友達——協力者にするのなら、きっと子供がいいだろう。柔軟で純粋で、取り入りやすい。

 では子供が集まる場所はどこだろうと考えたとき、ふと思い出す。昔の時代は子供であろうと労働力だったはずだ。これを知ったのは、確か学校の授業だっただろうか。前時代的なこの町なら、子供が労働力として畑にきていてもおかしくはないのではないだろうか。

 見渡すが、近くに子供の姿はなかった。僕がここにいるからか、この町では子供は労働力ではないのか。本意無いがここで子供を探すのはあきらめようと思ったそのとき、町からこちらに歩いてくる子供が見えた。畑のほうまで来ていたが、ちらちらとこちらを見る大人に帰されてしまった。子供は僕に興味があるようで、こちらを見ながら町のほうへ消えていった。

 子供と友達になるには、大人の目をかいくぐる必要があるらしい。また難儀なことである。ただでさえ完全に部外者なのに、そのうえでこっそりと友達作りとは、本当に可能なのだろうか。やらなければ町から疎外された環境で、町から出られずに死ぬまで暮らすしかないと考えると、難しくてもやらなければならない。

 こんなに意欲的になったのは生まれて初めてではないだろうか。記憶がないので推測の域を出ないが、こんな環境でもなければここまでの意欲に駆られることなどないはずだ。

「おい、なに休んでんだ。まだ雑草は沢山あるだろう」

「すみませーん」

 和彦は不機嫌そうな顔をしながらまた草むしりに戻る。いつも不機嫌そうなので、本当に不機嫌なのかはあまり分からないが、怖いので抵抗はしないことにしている。

 そうやって草むしりを続け、午前は終わった。真上から照り付ける太陽が皮膚を焼く。つばが広い帽子が欲しかったが、僕の分は最後まで用意されなかった。

「そろそろ終わりにするぞ」

 和彦がそう言う頃には、ぽつぽつと仕事を終えて町に帰っていく人もいた。

「飯ってどうなるんですか?」

「お前は家で待ってろ」

「ええ?食べれないってことですか?」

「……持ってってやる。それともお前は、町の人たちの列に並びたいのか?」

 町に戻る人たちを見ると、一瞬僕を蔑んだような目で見て去っていく。列に並ぶということは配給のようなものなのだろうが、あんな蔑んだ目に囲まれながら並んでいたくはない。

「お願いします……」

 僕はさっさと小屋に戻ることにした。あんな目で見られる謂れはなく、少し腹が立つ。しかしこれはチャンスかもしれない。和彦の目も、町人の目もなく子供と接触できるこもしれない。

 僕は駆け足で小屋に戻るが、子供も配給に行っているかもしれないと思うと、今急いでも友達作りはできないかもしれない。冷静に考えれば、子供だけが列に並びに行っていないなんてあるのだろうか。むしろ配給の列に並んでいるはずだ。そんなことでは子供と会うことなんてできようもない。僕はがっかりして、急いでいた足取りをゆっくりにした。急いでも無駄だ。

 少しだけ足を地面にすりながら歩く。

 小屋が見えた。その傍らには二人の男がいる。僕は目を細めてじっくり観察しようとしたが、向こうが気付いてしまったので普通に近付くことにした。

 肌が乾いてガサガサだったが、どうやら僕と同じくらいの年齢のように見える。二人はどうしていいか分からず立ち尽くしているようだ。こっちもどうしていいか分からないので、気まずい距離感でお互いに黙っており、我慢ならなくなって話しかけることにした。

「あの、誰ですか?」

「あ、あんた、外から来たんだろ……?」

 僕の声を聞いて驚いたように話し出した。

 もしかしたらこの人たちと友達になれるかもしれない。子供ではあるが、どちらかと言うと青年というくらいの年齢だった。しかし友達になれるならどちらでもいい。

 僕は出来るだけ親しげに聞こえるように、優しくにこやかに答えることにした。

「そうですよ」

「じゃあ、外のことにも詳しいんだろ?」

「いや、実は記憶が無くて。外のことはよく覚えてないんです」

 二人の顔は一気に曇った。これはマズい。僕は慌てて補足する。

「あ、全部覚えてないわけじゃなくて、外の常識というか、そういうのはそれなりには分かりますよ」

 すこしだけ顔が明るくなる。分かりやすい人だ。

「それならさ、俺たち外に出たいんだ。協力してくれないか?」

 僕は思わず「えっ」と言ってしまった。願ったり叶ったりである。僕は喜んで答えた。

「いいですよ!」

 食い気味になってしまったからか、二人は少し怯んでいた。しかし僕にとってはそんなことどうでも良かった。思わぬところから協力者が得られそうなことに、僕は喜びを押さえられなかった。

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