第10話
ああ、いつまで経っても減らない。そして強い……。
さっきから、ルーナの身体強化、防御力上昇のお陰で何とかこの目の前に拡がる氷の海に足止めされている魔物達相手にまともに戦えてはいるが、まずもっての前提として数が多すぎる。
隣のベルンハルトも善戦はしているが、アイツはどちらかと云うと魔法と剣どちらともを器用にこなすオールラウンダーなタイプで攻撃力は決め手に欠ける。
しかも高ランクの魔物相手ということも加味され、1体あたりの討伐時間が……、申し訳ないがかかり過ぎている。
俺達は『騎士科』の1年生にしては優秀だと教師陣や先輩達に持て囃されてはいたが、いざ実践となるとこのザマだ。
このままだと、俺達の体力だけがすり減りジリ貧になるのは目に見えている。
今回のこの恐ろしい事態の元凶と思われるブラッティベアはルーナの放った魔法により氷と土に足元を覆われており足止めされているのがせめてもの救いだ。
だが……、ブラッティベアは先程から固められた足を引き抜こうと必死に足を動かし、先程から鼓膜をつんざく様な凄まじい咆哮を上げながら俺達に視線を固定している。
何時までこいつ相手に時間稼ぎが出来るだろうか。
なぁ。ルーナ、俺はお前に言いたいことが沢山あるんだ。
まずは……、これを察知した魔法を何時思いついた?
お前に散々俺達小さい頃から自重しろっていっていたよな?
まぁ、でもこの眼前に拡がる氷の海の魔法は昔よりは制御上手くなったな。子供の頃だったら俺達まで凍らされていたな。
あぁ、それも懐かしいな。
出会ってからお前には何時も驚かされてばかりで……、でも、俺はそんなお前と過ごす日々が心底楽しかった。
あの日、お前に声を掛けられてから俺は毎日がこんなに驚きと発見と……、考えている事が読めないお前に心配が尽きないことを知った。
あとは、もう1つ俺がこの学校に来た理由を言いたかった。お前と——
「ねぇ!ギルっ!思いっ切りやっちゃっていい??」
視界の端にふわっと揺れる桃色が飛び込んでくると、今1番聞きたかった声が聞こえた。
台詞は不穏だけれど。
隣で瞳をキラキラ楽しげに煌めかせたルーナに俺はいつも通りに答える。
「はい!お嬢!やっちゃって下さい!」
「へへっ!いっくよー!殿下っ!端に避けて下さいっ!」
「ええっ?!ルーナ嬢?!」
「ベルン!行くぞっ!」
満面の笑みを浮かべたルーナはおもむろに天に向かってすっと片手を掲げる。
そんなやる気に満ち溢れたルーナの姿を俺は視界に留めながら、突然のルーナの出現に驚き動きを止めたベルンハルトに駆け寄る。
直ぐ様ベルンハルトの身体ごと米俵のように肩に担ぎ上げ氷の上を滑るように駆け出し、氷の海から引っ張り出す。
ベルンハルトは状況が読めず、何時ものポーカーフェイスがダダ崩れで俺に担がれながら「えっ?!な、何?!」と言葉にならないようだ。
「ルーナ!10まんボルトっ!」
ルーナの詠唱と同時に遠くの空に拡がる暗澹たる曇が突然眼前に出現したが如く、俺達の頭上に即座に暗雲がたれこめる。
身体全体に重く響く爆音を轟かせながら落雷の豪雨が魔物達にのみ降り落ちる。
暫くの間、魔物達の群れを青白く光る稲光がうねりながら蹂躙する。
俺達は放心したまま見つめ続けていると落雷の雨は止み、周囲の空気がまだ落雷の雨により帯電しているためかパチパチと小さなスパーク音が一帯に木霊する。
丸焦げの魔物の遺骸とパチパチとスパークする火花の中に佇むは凛と背筋を伸ばし前を見据えるルーナただ一人。
散った火花の光が舞い落ちる光の粒のように見える。そんな
——その光景は神々しく女神が降臨したと見間違える程に美しい。
隣で未だ何が起こったのか理解できていないベルンハルトはこくりと喉を鳴らし「美しい」と震える小さな声で感極まったように呟く。
そんな同級生を押し寄せる後悔と共に見やると、その菫色の瞳に溶け出しそうな程の熱を湛えながらルーナだけを映している。
――止めろ。
お前は沢山持っているだろ?
何でルーナなんだよ……。
俺が後悔と焦燥に心を乱されていると、くるりとスカートの裾を翻し振り返ったルーナは子供の頃の様な顔中をくしゃりと綻ばせた屈託の無い笑顔で親指を突き立て満足気に言い放つ。
「やっぱりゴリ押しでどうにかなるでしょ!?ギル?!」
おいルーナ、お前。そんな満足感溢れさせているのはすっっげー可愛いがあんなエゲツない魔法いつ思い付いた?
あぁ。やっぱりルーナといると驚きと発見、心配が尽きない……。
でも……、そんなお前の隣にずっと俺は居たい。
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