72 アルバイト
火曜日。
昨日は実は神奈川さんに見事に見つかって、キーネン家でのメイド活動に勤しんだ。
あれだけ広いお屋敷を毎日のように掃除させられるのだからたまったものではない。
水無月さんには今のところ会っていないが、骨折した腕で掃除なんてできているのだろうか?
毎日の日課となっている瀬尾さんとの登校の傍ら、電車でつり革に掴まりつつ裏統制新聞を開いた。
“生徒会の募金活動、目標金額を達成”
“サウジアラビアへの夏季留学、募集を開始”
“オケ部に新人が二人入部”
一部の人しか知らないであろう事が既に記事になっている。
さすがは新聞部。唯野さんもいるし特に生徒会情報が早い。
他になにか良い記事がないか見ていると、隣にいた瀬尾さんが画面を覗き込んできた。
「なんですか? それ」
「あーうん。ほら、例のあれ、学校裏アプリみたいなやつ」
「へぇ……やっぱりまだ私、付き合ってる人がいないリストで晒し上げられてます?」
「ちょっと待ってね……うん。やっぱりフリーな学生にカウントされてるみたい」
「はぁ……お呼びじゃないのになぁ」
瀬尾さんはそう言ってため息をつく。
電車が統制の最寄り駅に着いた。
私は電車から降りつつ、瀬尾さんを元気付けようと口を開いた。
「まぁそうだよね。鈴置さんみたいに彼氏募集中だったりしたら別にリストで晒されても問題ないだろうけど、瀬尾さんは声優さん目指してるんだもんね?」
「はい。でもまだ一度もオーディションも受けてないんですけどね」
「で、でも私、瀬尾さんだったら行けると思うな」
「そうでしょうか? そう言って貰えると嬉しいですけど」
「うんうん。普段喋ってる時とっても滑舌良いし、きっとオーディションも受かるよ」
「そうだと良いんですけど……あと香月さんも!」
「え? 私? 私はどうかなぁ、あはは」
駅の改札を超え、暫く歩くと統制学院が見えてくる。
今日も1日頑張ろう。
そう思った矢先だった。
「おい、お前」
私は突然に男に呼び止められた。
肩を捕まれ、強引に振り向かされる。
「なに……!?」
「男が二人、オケ部に入ったと聞いたぞ」
振り向いた先に居たのは、なにかやたらと焦っていそうな皇時夜だ。
「は? オケ部に男が入ったら問題なわけ?」
「そうじゃない。ただ、俺も紹介しろ。そう言いたかっただけだ」
「はぁ!? ふざけないでくれる。なんで私がアンタなんかを紹介しなくちゃならないわけ? オケ部に入りたいなら好きにしたら良いけど、私はアンタなんてごめんだから」
強引に肩にかけられた手を振り解くと、「行こう、瀬尾さん!」と瀬尾さんの手を取って走り出した。
「ちょ、待てよ!」
後ろで皇がなにやら吠えていたが、私と瀬尾さんはは気にせず校門を潜って逃げおおせた。
「ホント、ああいう輩ってなんなんだろ」
私が怒りに任せてそう口にすると、
「皇君、オケ部に入りたいみたいでしたけど、良かったのかな?」
瀬尾さんがぽつりと言う。
「知らない……! あんな礼儀知らず、私はごめんだけどね!」
断言し、塩をまいてやりたい気分で校門付近を睨みつけた。
∬
放課後。今日は生徒会がないので、なにかやることを見つけなければならない。
部活へ出た挙げ句にキーネン家まで連れて行かれるのはごめんだった。
私は授業が終わった側から、ダッシュで図書館の奥にある書庫へと向かった。
「一人で考える時にはここがやっぱ一番だね!」
一人そう口にするが、誰かが聞いているわけでもない。
たまにこの書庫にも天羽さんが来るようだが、今のところその様子はない。
さて、どうしようか。
そう考え始めたところで、ポロロンとメッセージの通知が届いた。水無月さんだ。
“私は今日アルバイトの予定があるのだけれど、香月さんはどうかしら?”
むぅ、水無月さんは今日もキーネン家のメイドをやらないらしい。
一体いつやっているんだろう?
“水無月さん、家庭教師?”
“いいえ……今日はモデルのバイトよ”
“モデル?”
“えぇ……裏統制新聞にあって実入りが良かったからつい……。
それに大分前に申し込んだものよ。香月さんにアプリを紹介してもらってすぐくらいかしら?”
“へぇ~。あとお金のことなら気にしなくていいのに。
私の60億がまだ使途不明で58億も余ってるよ”
“それはそれ、これはこれよ。留学資金はいずれ返すつもりだし……。
ところで、香月さん今日の予定は?”
“うーん、いまのところ未定かな”
“未定?”
“うん。オケ部に出るのも嫌だし、なんかやることないか考えてるとこ”
“そう……それじゃあ私のアルバイトに顔を出さない?”
“え?”
“友達を連れてきても良いって話なのよね……”
“へぇ……それじゃ顔を出してみようかな?”
“そう。じゃあ決まりね。校門で待ってる”
取り敢えず、予定は埋まった。
私は勝手知ったる書庫をあとにして、急ぎ校門へと向かうことにした。
「やっほ水無月さん」
「早かったわね」
「うん。急いで来たからね」
「そう。それじゃあ行きましょう」
合流した私達二人は電車で撮影地へと向かった。
∬
「ここ?」
「えぇ……そうだけれど、なにか問題あるかしら」
「撮影地っていうからてっきりスタジオか何かだと思ったんだけど……ここグランドメサイアじゃん!」
「えぇ……まぁいいからいいから行くわよ香月さん」
そして水無月さんについていくこと数分。
着いたのはホテル内にある豪勢なチャペルだった。
既に撮影機材の準備は済んでいるようで、たくさんのスタッフさんがいた。
その中で一番目立っていた長身のおしゃれ坊主に声をかけた。
「どうも、アルバイトで来た水無月です」
「あら、どうも……良いじゃな~い。さすが名門校のお嬢さんね。気風があるわ。
そちらは……?」
「私の友達です」
「香月です。どうも」
「あらあらあら、これまた可愛らしくてこれはこれで良いじゃな~い」
男はそう言って私の顔を覗き込み、にへらっと笑顔を見せる。
「アタシはこの現場を仕切る
あっちゃんって呼んで頂戴ねっ!
よ・ろ・し・く!」
うふっと擬音が付くようなウィンクを私達に飛ばしてくる鴻上さん。
私はなんだか怖くなって水無月さんの腕を引いた。
「ちょっと……水無月さん! モデルのバイトって言ってたけど一体何をやるの?」
「ウェディングのモデルよ」
「ウェディングモデル!?」
「そ。ブライダルモデルとも言うわね」
私がそれを聞いて驚愕していると、
「は~い。女の子二人入ったわよ。控室に案内してちょうだ~い」
と鴻上さんが私達をスタッフのみんなに紹介した。
「ちょっと待ったー私もやるのー!?」
「えぇ……そのようね、諦めなさい香月さん」
「そんなー!?」
現れたメイクさんやスタイリストさんに囲まれると、私と水無月さんは控室へと連行された。
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