71 浅神の動向とイヴンとの話

 守華さんと部活動へと向かおうとすると、浅神に声をかけられた。


「なあ香月。なにか困ってることがあったらいつでも言ってくれ。

 それと天羽さんとキーネン斎藤も、なにか困ってることってないかな?」

「な……なに急に、私は特別に困ってることとかはないかな」


 敢えて言えば、毎度オケ部に参加しなければならなくなったことが困った事である。

 しかし、それはそれ。今では一応私としても納得しての事。

 女の子達を助けるには都合が良かったのだし仕方がないのだ。


「そうか……それなら他の二人に聞いてみる」


 と、浅神は生徒会室を去っていった。


「うーん。やっぱり浅神のやつもオケ部に入ってくるのかなぁ?」

「へ? 浅神くんオケ部へ入るつもりなの?」


 守華さんが素っ頓狂とした顔で問う。


「いや、キーネンに恩義を感じてるみたいだからさ」

「そう……。たしかに斎藤くんに1500万円も寄付して貰ったんですものね。

 たしかに斎藤くんならオケ部に入れって言いそうではあるけど……彼、楽器使えるのかしら……?」

「うーんどうだろ……」


 守華さんの疑問に、私は答えを濁した。

 実際にはゲームで、浅神はなにをやっても上手くやるオールラウンダーであることを知っていた。この乙女ゲー世界で浅神がどのパートに収まるかは未知数だが、きっと上手くやるだろう。


 オケ部に顔を出すと、やはり案の定、浅神の姿があった。

 キーネンとなにやら話をしている。


 触らぬ神に祟りなし。私は二人を放っておくことにしてパート練習をしに2Bへと向かった。




   ∬




 部活終了後。神奈川さんに目を付けられているが、しかし今日メイドをやりに行くとはまだ決めてはいない。私ってばやること多くて~、人気者だし~、引く手あまただし~。


 楽器室に楽器を片付けようとしていると、守華さんが声をかけてきた。


「彼、結局トロンボーンに決まるみたいよ」

「へぇ……トロンボーン……まぁあいつスライドの位置くらいすぐ覚えそうだしね。

 数々のバイト先で色々な仕事してきたはずだし」

「それでも異例よ。初心者は大体まともにマウスピースから音すら出せないのが金管楽器あるあるじゃない? 私もそれで中学の頃に木管に決めた口だもの。まさか初っ端からまともに演奏できるようになるだなんて……浅神くんって本当は経験者じゃないわよね……?」


 私はその問いに、楽器を片付けながら「さぁ……違うと思うけど……」と答えた。


 知ってるけど言えないって意外ともどかしい。

 本当だったら守華さんに浅神がオールラウンダーであることを教えて、未名望のカルテットメンバーについて語り合いたい。だが、当の水無月さんは骨折で退部してるし、私がゲーム知識を披露し始めたりしたら怪しまれるに違いなかった。

 しかし、コントラバスかと思ってたけどまさかのトロンボーンか。

 伊勢谷のやつとカルテットメンバーを決める時に熾烈な争いがありそうだ……。


 それにしても浅神のやつ、ももちゃんの家庭教師もあるだろうに、オケ部なんてやってる暇あるんだろうか? 気持ちは分かるが、ももちゃんの家庭教師を蔑ろにするようだと許さんぞ!


「まったくもう……」

「なにか言った香月さん?」

「ううん、なんでもないよ」


 さて、楽器を片付けたし、神奈川さんには悪いけど見つからないように抜け出そう。

 そんな時だった。

 イヴンがヴィオラを片付けて、講堂を出ていこうとする。

 私は咄嗟に彼の前へと進み出た。


「やっほ、イヴン」

「……こんばんはミス香月。なにか用ですか?」


 イヴンが訝しむような目線を投げてくる。

 まぁほとんど初めましてな私が急に声をかけてきたのだ。警戒しているのだろう。

 私は聞いてみることにした。


「うーんと、この間募金する時さ水無月さんと話してなかった?」

「ミス水無月と……はい。確かに話をしました」

「それって留学についての話だよね……?」

「はい……。ミス水無月から聞いたのですか?」

「うん、まぁそんなとこ」


 そして私は、話を聞いてから決めていたことを口に出した。


「その夏季留学なんだけど、私も行きたいな~って思ってるんだ」

「……ミス香月が……?」


 イヴンは意外そうな顔をして腕を組んだ。


「それはミス水無月に代わってというお話ですか? そういうことでしたら……」

「いやいや、私も水無月さんと一緒に夏季短期留学したいって話だよ」

「それは……ふむ。定員は1名のはずですからね、私の方からはなんとも……」

「だからさ、ぜひお父さんに掛け合って貰いたいんだ」

「私から父に……? それは構いませんが……あまり期待はしないでください」

「うん、よろしくね!」


 それだけ頼むとイヴンは去っていった。


 水無月さん、ヘイトは半分個の約束だよ……!

 水無月さんをサウジアラビアの地で一人になんてさせないから!


 私は一人ガッツポーズをしてやる気を漲らせるのだった。

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