68 運命の日

 金曜日。

 放課後になり、生徒会と募金活動を終えた私と守華さんは、生徒会室に豪徳寺と佐籐を残したままにオケ部へと向かった。


 音楽講堂へ入ると、なにやらチューバを持ったでかいのが目についた。


「げぇ……!」


 私が明け透けに嫌そうなうめき声を上げると、でかいのが反応した。


「よう。香月。それに副会長も」

「……」


 私が黙ったまま黒瀬を見ていると、守華さんが、


「あら新人さん? オケ部へ入ったの?」


 と黒瀬へと声をかけた。

 黒瀬はチューバを置くと、守華さんへと向かった。


「おう、今日からチューバをやらせて貰うことになった2Cの黒瀬颯太だ。よろしく頼む」


 右手を守華さんに差し出す黒瀬。

 守華さんはすぐに右手を前に出して、黒瀬と握手した。


「そう、よろしくね黒瀬くん。

 これでチューバは2本目ね。今年度のオケ部は本当に人材不足だったから、きっと豪徳寺くんも喜んでくれるはずよ」


 守華さんは嬉しそうに黒瀬を迎え入れる。

 しかし、私は知っている。2本目のチューバがオーケストラとして使われる事はない。

 吹奏楽ではチューバが数本入っているのは良くあることだが、オーケストラでは稀だ。

 黒瀬はスタメンとなるためには豪徳寺と争う必要性がある。


 無論、豪徳寺に利がある戦いであるとは言える。

 しかし一応は金管楽器経験者の黒瀬だ。豪徳寺が生徒会で練習できない合間に練習することもできるし、全く勝てない戦いというわけではない。


 事実、ゲームでは黒瀬が勝って、アンサンブルコンテストのカルテットメンバーに加わる事も起こり得たのである。


「黒瀬、トロンボーンは無理だったの?」


 私は一応聞いてみることにした、トロンボーンの適性はなかったのかと。


「あぁ……そっちも受けたんだがスライドの位置がまるで分からなくてさ。

 結局キーネン斎藤から合格がでたのはチューバだけだったんだ」


 黒瀬はぽりぽりと頭を掻く。


「そっか……まぁ頑張んな」


 私がそう言うと、黒瀬は嬉しそうに「おう!」と答えた。




   ∬




 部活終わり。

 私は神奈川さんに捕まった。


「ちょっと、香月さん!」

「ふぇ……!? なになに神奈川さん」

「私、今日こそはキーネン家でのメイドバイトに香月さんを連れてくるように言われてるんだから覚悟して頂戴」

「えー!? そんなの聞いてないよ。 それに今日は……!」


 今日は番号くじの当選発表の日である。

 毎週金曜日、午後6時45分に発表されるのだ。

 私はネットで中継を見て確かめるつもりだった。


「……予定があるの?」

「いや……別になんでもないよ」


 当選発表は別に中継じゃなくてもあとで見ることができる。

 後回しにしてもまぁ問題はあるまい。

 私としてはとっても気になるんだけどね……!


「そう! じゃあ今日は絶対来てもらうんだからね!」


 私の腕をつかんで離さない神奈川さんと共に、電車でキーネン家へと向かった。




   ∬




 キーネンにつくと、メイド長さんを筆頭に私を引き入れてくれ、私向けにもう一着メイド服を仕立て直すことになった。

 メイドさんたちは私のサイズを把握していたので慣れた手付きで仕立て直しを行い、僅か1時間ほどで仕立て直しは完了した。

 そして踵の高くないメイド靴を履かせられると、


「さぁこれで当家のメイドがもう一人誕生しました」


 とメイド長が言い放った。


「うんうん、似合ってるよ香月さん!」


 既にメイド服に着替えていた神奈川さんがそう感想を言う。


「改めまして、キーネン家のメイド長をやらせて頂いております。雨宮重音かさねと申します。

 キーネン坊ちゃまの御学友とて容赦はしません。

 以後、きっちり指導してあげるので覚悟してくださいね」


 メイド長の雨宮さんがそう言って、私の背を軽く叩く。

 そうして、私のメイドとしての日々が始まった。


 まずやったのは掃除だ。

 入念に埃がないようにチェックしながらの掃除。

 そして掃除が終わると洗濯物をたたみ、各部屋へと配って回った。


 気付けば時刻は22時を回りつつあったようで、雨宮さんが「これまでとします」と仕事の完了を告げた。


 私はへとへとになって、休憩室兼ロッカーの椅子に座り込んだ。

 すると神奈川さんがやってきて、「お疲れ様~」と私同様に椅子へと座る。


「どう香月さん? キーネン家メイド」


 神奈川さんにそう聞かれ、


「思ったよりも重労働で疲れた!」


 と返し、二人して「だよねー」と笑う。

 と、そんな事をしている場合ではなかった。


 私はロッカーからスマホを取り出すと、急いでチェックした。

 なんか通知がめちゃくちゃ来てるけど、とりあえずそんな事は後回しだ。


 私はブラウザを起動すると、番号くじを主催する銀行のサイトへと飛んだ。


 そうして番号くじの当選発表を確認していく。

 数字は7個全部覚えている。


 そして――、


「――嘘でしょ……?」


 当選結果を確認し、私はぽつりとそう呟いた。

 だが間違いはない。

 スマホのメモ帳にも残してあった数字を確認してみるが、やはり間違いはなかった。


 と、私が呆然としていると、メッセージが届いた。

 水無月さんだ。

 数時間前から何度もメッセージが送られてきていたっぽいが、私はメイド業に必死になっていたのでまるで気付けなかった。


 メッセージを開くと、


“香月さん……! 当選よ!!!”


 というメッセージが入っていた。

 うん、知ってる。知ってるけど、やっぱマジで?

 水無月さんに教えて貰ったのこの番号であってるよね?

 私は驚きから震えが来た。

 持っていたスマホを取り落としてしまう。


 かたかたっと画面こそ割れなかったものの地面へとスマホが落ちる。

 私の様子を察してか、神奈川さんが「香月さん……? どうかした?」と心配そうに声をかけてくる。


 私は冷静にスマホを地面から拾い上げると、水無月さんへメッセージを送る。


“水無月さん……! 1等が……60億が当たったよ……!”

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