9 テンプレへ捧ぐラメント

 天羽さんと別れた後、私は与えられた時間内にできることを水無月さんと話していた。

 なんと、水無月さんはまた歪曲を起こして時間を戻すという。


 天羽さんの友達、それ以外の方法でなんとか会場に入る。

 それが私達の一時的結論だったが、一度は同行を断ったのだ。

 不審に思われては、天羽さんを問題から救い出すのに支障が生じるかもしれない。


 でも……また校舎裏……? はぁまじはぁ。


「えぇ、そんな……じゃあまた朝まで戻るの!?

 っていうか、待ってくれるって話じゃなかったの?

 もう歪曲は勘弁してほしいよ……」

「朝まで戻る必要性はないわ。

 私、あなたが文歌と一緒なのを見た瞬間にセーブしたもの」

「え!?」

「あなたが文歌を傷つけたり、漂流者である事を教えてしまうかもって思ったから」


 それは……水無月さんからすれば、警戒して仕方ないかも。


 あとあと、私気付いたんだけどさ。

 水無月さんはさっきから、天羽さんの事を文歌って名前呼びなんだよね。

 いやはや、推し同士の仲が良いのは大変よろしいです!


「じゃあ、もう今朝には戻れないってこと?」


 分かってる。これは駆け引きだ。

 まさかセーブが1つってわけじゃないはず。

 こうやって会話でセーブに関する情報を引き出したい。

 もう校舎裏リターンは勘弁だからね!


「……さぁ、どうかしら」


 しかし、私のセーブに関する情報を引き出そうという試みは、あっさりと水無月さんに看破されてしまった。



   ∬



 再び、天羽さんが燕尾服の女性を伴い、カフェテリアを後にする。


 今回は引き止めたり、私もパーティへ行きたいアピールはしない。

 けれど別れ際にID交換はしっかりとした。

 3人でグループを作ったときの天羽さんの笑顔は何度見ても可愛い。


「それで、これからどうしよっか」

「新たな因果を作り出すのは、香月さんあなたよ。私に聞かれても分からない」


 この主人公――なかなかに手強い!

 ゲームの未名望はもっとチョロインだったんだけどな。

 大分口調も変わってるし、それだけループして精神的に疲弊しているのかな?

 まぁ私的にはこっちの方が悪い虫が寄って来なさそうでいいけどね!


 しっかし、転入2日目――私にとっては1日目の朝。

 私はただ単に不注意で水無月さんにぶつかっただけだ。

 特になにかをしようと思ったわけじゃない。


「新しいルート……一体どうすれば――」


 私が考えあぐねていた時だった。


「――ここにいたか」


 思いがけず、カフェテリアの入り口付近から男の声を浴びせかけられた。


「うげ……」

「……なんだそのうめき声は、仮にも女ならばもっと――」

「――あら、キーネン斎藤くん。どうしたのかしら」

「ほぉ――ここでV1を見かけたという情報を得てわざわざ来てやったんだが、まさかV1だけでなく、元V1までいるとは……これは一体なんの偶然だ?」


 キーネン斎藤は紅玉こうぎょくの瞳をたぎらせ、鋭い目つきで私達二人を睨みつけ、近づいてくる。


 うわぁ……この世界で最も会いたくない奴に出会ってしまった。

 こいつにだけは本当に関わりたくない。

 関わってしまうと、連鎖的にオケ部のキモ男共がゾロゾロと出てくることになる。


「えっと、私達になにか――」


 私が言い終える前に水無月さんが割り込んでくる。


「香月さんとは今朝たまたま知り合ったのよ」

「――今朝? というと、元V1であるお前が奏者にあるまじき怪我を負った時か」


 なんだこいつ、事故のこと知ってるのか……?

 てかV1とか元V1って……あぁそうかそうだった。

 こいつはこういう奴だった。


 私は転入初日、オケ部への入部時を思い出す。


 V1というのは、『VIOLIN Ⅰヴァイオリン 1』――第1バイオリンの譜面を担当する演奏者の事だ。

 他の部員を呼ぶときもそうだった。

 第1トランペットならTp1ティーピーワン、第2ホルンならばHr2エイチアールツー

 クラリネットとかは、AクラとかBクラだったかな。


「では、お前が助け出したという女の子というのは、そのV1の事か……?」

「違うわ。それは別の小学生よ」


 水無月さんが面倒くさそうに首を振る。

 私もめんどくさくなってきた。


 あれ? てかその言い方だと、まるで私が小学生みたいに聞こえるよ水無月さん!


「まぁいい、それでV1」


 キーネンは私に向き直る。


「私?」

「そうだ、お前だV1」

「ちっ、いい加減パート番号で呼ぶのやめてくれる?」


 私には香月という名前がある。

 だがわざわざこいつに教えてやるのは不愉快だ。

 さっき水無月さんが私の名前を言っているし、改めて言う必要性もないよね。


「面倒な――香月だったか? これでいいだろう。それでだV1」


 駄目だこいつ……。


「これは一体どういうことだ?」


 キーネンは右手を私の顔の前に掲げた。

 そこにあったのは、


「あ、私の退部届」

「そうだ、これはどういう事なのかと聞いている」


 ひらりひらりと用紙が揺れる。


「なんであんたが持ってるの?」


 退部届はきっちり桃子女史に渡したはずだ。


「何を言う。俺はオーケストラ部の顧問だぞ。

 その俺が部員からの退部届を所持している――そのどこに疑問を挟む余地がある。

 それで――この退部届だが」


 キーネンは一度目を閉じ、そして――、


「――こんなものは不許可だ」


 言いながら、せっかく書いた退部届を見るも無残に。真っ二つに引き裂いた。

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