10 指揮者への要求はアクセントを付けて

「ちょ! なにすんの!」

「だから不許可だと言っている。V1――貴様の退部は認められない」


 キーネンは引き裂いた私の退部届をその場に投げ捨てた。


「ちぃ……なんで! 大体! 桃子先生はそんな事言ってなかったし!」

「理由ならばそこにいる元V1に聞いてみろ」


 と、キーネンは顎で水無月さんを示す。


「香月さん――あなた、退部を?」

「当たり前じゃん!」


 私はご丁寧に自分から地雷原に飛び込んでいくようなバカじゃないからね。

 私は日々平穏に過ごしたいのだ。できれば推しの声を聴きながら。


「そう、私も退部願いを出したのよ。正午に学校へ来た時に彼に直接渡したわ。

 それで、あっさり承諾された」

「はーー?!」


 そんな話聞いてないよ!? さっき天羽さんと話してた時だって、オケ部の話題が出てもそんな事言ってなかったじゃんかー!


「そういうわけだ。

 貴重なV1を任せられる駒を、一度に2個も同時に失うわけにはいかない。

 元V1は右腕を骨折。対してV1――お前は五体満足だ。

 どちらの意向を尊重すべきかは誰の目にも明らかだろう?」


 有無を言わさぬ勢いで、キーネンはまくし立てる。


「さぁ……練習だ。行くぞV1」


 奴は私の返事なんて聞かずに、私達に背を向ける。

 私の言葉などまるで意に介する様子がない。

 マジむかつく。ほんとムカつく。

 こんな自分勝手な奴の何がいいのか理解できない。


 私には大事な予定がある。

 なんとか天羽さんが酷い目に遭うのを回避しなければならない。

 そうしないとまた水無月さんが歪曲を起こす。


 オケ部の練習になんて参加してらんない。

 それに、敵の巣窟になんで行かなきゃいけないの? そんなのお断りだ。


「嫌だから!! これからグランドメサイアホテルに用事があるので!

 というか桃子先生にちゃんと認めてもらってるから!

 あんたに何言われても関係ないし!」


 私はキーネンが引き裂いた退部届を拾いながら、結構大きな声を出して断りを入れる。


 別にこいつが顧問だからって、こいつが認めないからといって、私の退部が正式に認められないなんて事はないはずだ。ないったらない。

 もう一度桃子女史のところへ行ってみるもんね。


 認められるまで何度だって、この退部届を繋ぎ合わせて叩きつけてやる。

 あ、でも原本はとっておいてコピーって手もいいかも。

 それで3度目はコピーのコピーだ。

 回を重ねるごとに劣化していく退部届を延々と受け取ればいい。


「グランドメサイア……? いまグランドメサイアと言ったかV1?」

「だから私はV1じゃないって!」

「いいから答えろ」


 ぐぬぬ……。なんて奴だ!


「ちっ……言ったけど、それがどうかしたの?」

「俺もこの後グランドメサイアで仕事がある」

「は……?」

「パーティー会場内で行われる演奏の指揮を引き受けた。

 無論、フルオケとはいかないがフリーの実力者が揃っている。

 まぁ殆どの来場者にとって、我々の魂を込めた演奏もただのBGMなのは癪だがな」

「な……! それって……」


 驚いて、水無月さんを見る。

 私は知らなかった事だけど、水無月さんは会場内で天羽さんに起こる良くない事を知っているようだった。もしかしたらこれも――。


「そんな――だって斎藤くんなんて私は……」

「なんだ、俺がどうかしたのか元V1」

「いえ……なんでもないわ」


 どうやら水無月さんも知らなかったようだ。


「キーネン」

「なんだ、やる気になったのなら今すぐに講堂へ――」

「それはいやだけど、あんたは私いないと困るんでしょ?」

「まぁ……そうだが、それがどうした」

「じゃあ一つ頼まれてくれるっていうなら、話くらいは聞いてやってもいい」


 はい、私、話は聞くって言ったけど、オケ部をやめないとは言ってません。

 ここテストに出るのでしっかり覚えておいてくださいねー。


「ふむ……駒に適切な報奨を与えるのも、上に立つ指揮者たる者の仕事か。

 いいだろう。要求を言ってみろV1」


 キーネンは少しだけ顎を撫でながら考えるが、すぐに結論を出した。


 そそ。こいつの即断即決なところは評価してるんだよね私。

 それ以外は超自分勝手な困ってちゃんでキモすぎなんだけど。

 というか、こいつも桃子女史と同じで実は押しに弱いんじゃない?

 ならば勢いが重要だ。


「じゃあ――私達二人を、グランドメサイアに連れて行って!!」

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