8 猶予時間のフェルマータ

「申し訳ありません。

 私、このあとお祖父様の代わりに、出なければならない用事があるんです。

 二人とのお話がとても楽しくて、つい時間を忘れてしまいました」


 ちょ、せっかく歪曲を回避したのに、天羽さんがいなくなるとまずい。


「そうなんだ! お爺さんの代わりって事はやっぱりパーティーとか?」

「はい、顔見せが必要とのことらしく……。

 でも、人が大勢集まる場所はあまり得意ではないんです。

 お祖父様も無理にとは言わないのですが……」

「へー凄い! 私もそんなパーティ参加してみたいなぁ」


 チラッ。

 だって、ゲームではそんなイベントない。

 天羽さんは書庫と音楽講堂でしか会うことのないレアキャラだからね。

 でも、その先に歪曲を回避した未来が待っていそうな事は明白だよ。


「まぁ。それでしたら、どうかご一緒しませんか……?

 お祖父様からも、お友達を連れてきてもいいからと言われていたんです……!」

「ほんとに!?」

「はい、良ければ水無月さんもご一緒に……」

「そうだよ! 一緒に行こうよ水無月さん!」

「私は……腕を怪我しているし、お邪魔にしかならないから」


 そうだった! 骨折した腕でパーティってのも……。

 全く、なんで主人公が怪我なんてしてるんだろう。

 でも! ここで水無月さんを逃がすわけにはいかない!


「そ、そんな事ないよ! 片手は使えるんだし……!」

「パーティと言っても、いるだけで良いものなんです。

 お辛いというのならば無理にとは言いませんが、私も是非ご一緒したいです」

「でも……」


 天羽さんも乗り気だ。こうなってくるとたぶん水無月さんも易々とは断れまい。


「……分かってるの香月さん?」

「え、なにが……?」

「私は、天羽さんと似たような体格だから、彼女のものを貸してもらえばいい。

 けれど香月さん――あなたの小柄な体格では、天羽さんの衣装は着られない」

「う……それは……」


 私の身長は140cm台。対して二人は160cm前半。

 とてもじゃないが、私に天羽さんの洋服は着られない。


 まだ開けていないダンボールの中身を思い起こしてみる。

 しかし、出てくるのはちょっとしたワンピースくらい。

 お金持ちのパーティに出席できるような衣装は持ち合わせていない。

 庶民だからね! まさか統制の制服ってわけにもいかないよね……。


「……ごめん、確かに……着てく服、ないかも」


 私がどんよりとして言うと、天羽さんがゆらりと小さく手を合わせた。


「それでしたら……私、小さい頃に着ていた衣装があるかもしれません。

 香月さんでしたら、小学生の時の衣装がぴったりかもしれません……!

 私、ちょっとお家に確認をしてみます!

 少しだけ待っていてください……失礼しますね」


 天羽さんは楽しそうにそう言って席を立つ。

 そして、私達からちょっと離れた場所で燕尾服の女性と話し、スマホを手にとった。


 小学生……うん、まぁ。うん。

 確かに小学生ってこのくらいだよね。


「……それで、どういうつもりなの?」


 天羽さんが離れたのを確認し、水無月さんが怪訝そうな面持ちを向けてくる。


「だって、水無月さん、教えてくれないし」

「……」

「目的を教えてくれたら、どうしていつも戻っちゃうのか教えてくれたら。

 そうすれば、私にだってできることがあるかもなのに。

 戻っちゃう理由、彼女にあるんでしょう?」

「――どうして分かったの?」

「どうしてって……」


 そんなの、女の子なら誰が見たって分かるんじゃないかな……。


「もしかして、水無月さん自覚なし?」

「……私、そんなにあれな顔してた?」

「あー、うん。それはもう、生き別れた恋人でも見るかのように……」

「……」


 水無月さんは目を伏せて頬を少し赤く染める。


「分かったわ。教えてあげる」

「え?」

「こんな事しても無意味なのよ、香月さん。

 たぶん私達は彼女と一緒に、借りた衣装でパーティへ行く事ができる。

 けれど、会場の中には入れない。

 会場はグランドメサイアホテル――その入口に、彼女の叔父と叔母がいるわ。

 彼らが、天羽さんとの同道を阻んでくる。妨害を超える事は絶対にできない」


 グランドメサイア……ゲーム終盤に重要イベントの舞台になる移動スポットだ。

 そんな終盤のスポット……それも、まさかこんな序盤も序盤。

 そこで天羽さんの巻き込まれたイベントが裏であったなんて、私は知る由もない。


「そっか……水無月さんはもう経験済みなんだね?」

「そう。残念だけどね。ごめんなさい。

 あなたまで漂流者になるとは思ってなかったから。

 けれど、会場まで行って、あの子の落ち込む姿を私は見たくない。

 その後に会場内であの子に起こる事も、看過するわけにはいかない」


 水無月さんの瞳には、確固とした決意が爛々と輝いている。


「つまり、会場内で天羽さんにとって好ましくない事が起こる。

 水無月さんはそれが嫌で、延々とループしてるってこと?」


 水無月さんは、「後であの子に聞いた話だけれど」と、ゆっくりと頷いた。

 そして、天羽さんが通話を終えてこちらに戻ってこようとしている。


「いいわね?……天羽さんのお友達ではダメ。

 でも貴方の気持ちは分かったから。セーブ2へ戻るのは少し待つことにする。

 けれど午後9時まで――それ以上はだめ……いい?」


 私は、水無月さんの提案に乗ることにした。

 こくりと彼女に向かって首肯する。


「お待たせしました。

 小さい頃の衣装、取ってあったのが見つかったようです」

「ごめん! 天羽さん」


 私は、家族からの突然の呼び出しがなどと言い訳を捏造。

 水無月さんも、「やっぱり傷が痛むから……」と言ってやんわりと断る。


 天羽さんは凄く残念がっていたけれど、3人でIDを交換。

 そしてグループを作った事で、ようやく笑顔を取り戻してくれた。

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