5 五線譜外れのアジタート
前回、水無月さんは天羽さんがカフェテリアを出るのを見送る。
それから私が話を始める前に、またセーブ2へと戻ってしまった。
その行動を見て、私は更に確信を深めた。
水無月さんが何度もセーブ2に戻っている理由は天羽さんにある。
私は、天羽文歌について改めて調べることにした。
「おい、聞いてんのかよっ」
歪曲後に校舎裏の抜け穴のある壁の前で考え事をしていた私。
その私に必死こいて話かけてきていた黒瀬が痺れを切らしたらしい。
左手を私の頭の横の辺りの壁に打ち付けて威嚇してきている。
いわゆる壁ドンって奴なんだろうけど、ほんと面倒くさい。
てかこれ暴行罪だから! 寛大な私じゃなかったら訴えられてるからマジで。
「ちっ……別になんでもない」
「いや、なんかあんだろ。舌打ちまでしてるし」
「いや……ないから」
だって私あんた達にこれっぽっちも興味ないしね。
もしも将来結婚とか考えるとしても、こんなキモいのじゃなくてもっと普通の男の人を選ぶだろう。できれば趣味の合う人が良い。
ま、そんなのは今は後回しだ。
そうだ、ついでだしこいつに聞いてみるか。
可能性は低いが、天羽さんについてなにか知っているかもしれない。
「それより黒瀬……」
「なんだよ、言いたいことがあるなら言えよ。
つかお前やっぱり俺のこと知ってるんじゃねーか」
「あんたはどうでもいいんだけど、天羽文歌って知ってる?」
「天羽……? あー、もしかしてあの影の薄いやつか?
ほら、ヘアバンドしてる女子」
ん? こいつ天羽さんの事知ってるのか。
「そう、たぶんその子。知ってんの?」
「知ってるっていうか、同じクラスだ。
全然話したことないけどな。あいついつも一人で本読んでるし。
それにかなり頻繁に休んでるからな。いるのかいないのか分かんなくなるんだよ」
なん……だと!?
そうか……ゲームで移動スポットになっていた普通教室は……。
言われてみれば、特別教室を除けば未名望のクラスを始めとして数個だけだ。
それに黒瀬のクラスは含まれてない。
ならば、そこへ行けば書庫と音楽講堂以外で天羽文歌に会えるってことかな。
そうだよ! 私、とんだゲーム脳だった!
確かにここは乙女ゲーの世界だけど、ゲームシステムに縛られているわけじゃない。
各人の行動パターンを把握しさえすれば、ゲームにない状況も作れるかも!
でも……。
そうだ、それは私にとって凄くリスクのある行為だ。
私にとって唯一のアドバンテージが意味を成さなくなる可能性がある。
「まぁもうだいぶ本編から
「は? かいり?」
「あーいい気にすんな。で、黒瀬のクラスって?」
「お、おう。俺はCクラスだけど」
「ふーんCか……あんた結構頭良かったんだ」
「そうか……? まぁバスケ辞めてからやることなかったからな」
ちなみに私はBクラス。
統制学院ではテストの成績順に年度毎にクラスが入れ替わるって設定だ。
Aから順に学力が高い生徒が集められている。
私は転入試験の結果が良く、ちょうど新年度だった事もありBクラスになった。
主人公の水無月未名望はEクラスからだったはずだ。
あーそうだ……エンドルート決定前に年度変更を跨ぐんだよねぇ。
それでクラス替えがあって、フラグ回収が面倒になるんだよ~……。
そうなんだよね……。
水面のカルテットって、本当に面倒くさいゲームだったんだよ。
ほんとに、私よくこのゲームトロコンしたと思うよ。
200時間くらいかかって超めんどくさかったもん。大作RPGかっての。
女性声優陣が豪華じゃなかったらやってられなかったよ。
水面のカルテットは乙女ゲーだけど、ただの現代学園乙女ゲーじゃない。
発売前の一時期は、『乙女ゲーがノベルゲーばかりと侮るなかれ』なんて開発会社がキャンペーンを張っていた事もある。成長要素マシマシの育成恋愛シミュレーションだ。
業界のマンネリ化を憂いたプロデューサーが立ち上げた新規IP。
クリエイターには従来の乙女ゲー製作者以外が多く参加している。
グラフィックとキャラデザこそ乙女ゲーの人だったけど、音楽は有名RPGで知られる人。シナリオは百合ゲー畑出身の人と、乙女ゲーブランドのエースとの共作なんだよね。
制作発表からかなり時間をかけて発売されたものの、女性プレイヤーからマゾすぎる育成要素についての不満爆発。すぐにゲームバランス調整パッチが配られたりした。
「シナリオはかなり好評だったらしいけど……」
まぁ女の子はみんな可愛かったよね女の子は。
「あ? なんだシナリオって」
あーそうだ。まだ黒瀬と話してたんだっけ。忘れてた。
「いやなんでもないから、んじゃ」
もうこいつに用はない。
お昼休みの
私は黒瀬の腕をすり抜けて、毎度のように校舎裏を後にしようとした。
のだが……。
「いや待てよ……まだ大事な用事が終わってない」
黒瀬が壁ではなく、肩をがっしりと掴んで固定してきた。
「……ちっ、なに?」
「いや、だからその態度……は、まぁ置いとくとしてだ。
名前……! お前の名前を聞いてない。あとクラスな、俺は教えたんだから」
「は……? なに
てか離してくれる? 肩……痛いんだけど」
「あぁ……わりぃ……」
私が苦痛を訴えると、黒瀬は肩から手を離した。
でも、それでも解放してくれる気はないらしく私の行く手を阻んでいる。
マジでうざ……。
あー、ほんと絶対やだ。
絶対
「Bクラスの香月……もういいでしょ」
「香月……下の名前は?」
「はぁ……伊緒奈! 分かったらどいて!」
「おう……すまん」
黒瀬に肩を掴まれた事でずれた眼鏡を直しながら乱雑に名乗る。
それでようやく黒瀬はどいてくれた。
そうそう……今思ったけど、私はこいつの下の名前、覚えてないんだよね。
まぁいっか、別に名前なんて覚えて無くても問題ないでしょ。
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