4 終わらないダル・セーニョ
はぁ……またか。
「なんだよ藪から棒にため息なんて吐いて、恩人だぞ俺は」
やはり、彼女ともう一度腰を据えて話すしか無いのかもしれない。
「……だから、さっきからなんなんだよお前。
俺、お前の事なんて知らねーぞ。
なのにさっきから、人を心底失望したかのような目で見てよぉ……」
なにやらさっきから
細部こそ違えど話の筋は同じだ。聞くに値しないよ。
しかしホントでかい。私と40cmくらい違うのかな?
鞄を拾い上げ、少し離れたところにあるコンビニの袋が目に入る。
でも、これだってもう何度か試した。
どちらにせよほとんど変化がなかった。
「それ……あんたにあげる」
無気力にそれだけ言って、私は校舎裏を後にした。
∬
結論から言う。
学院内の図書館で世界が――目の前のすべてが歪み。
世界が崩壊していくかのような闇に包み込まれた私。
気付いてみれば、校舎裏の抜け穴の前で黒瀬と居た。
そして、もうそれを何回も経験している。
放課後。ある一定の時間に差し掛かる度に、世界はぐにゃぐにゃに歪曲する。
歪曲が終われば、また校舎裏で黒瀬と一緒ってわけだ。
「でも、水無月さんが言ってたのと違って私は健在なんだよね」
しかも記憶だってきっちり残ってる。前世と今生の両方共ちゃんとしてる。
その上、各ループでの記憶も積み重なっている。
決して私の記憶は最初の転入二日目のままではない。
お昼休み。
退部届などの一連の私的必須事項を消化した私は、勝手知ったる図書館の書庫に引き篭もってお弁当を食べている。
図書委員と司書さんの目を盗んで、書庫の鍵をくすねるのにも慣れてきている。
ぼっち飯上等。皇に絡まれるくらいならばそっちのほうが良い。
んでも、桜屋さんに会えないのは正直残念だけどね。
やはり、ここはもう一度水無月さんに連絡を取ってみるべきだろう。
本来であれば3限目の後に、彼女の容態を心配するメッセを送っている。
けれど、このループに巻き込まれ始めて、私は彼女にメッセージを送るのは控えていた。
「だって――これやってるのって、ぜったい水無月さんでしょ!」
最初のループが始まる前、彼女が口にした言葉は鮮明に覚えてる。
そう――『
「私には転生特典なんにも無いっぽいのに……!」
なぜ彼女がチートを持っているっぽいのか。
まるであべこべだ。
私に一応ながらあるのは、水面のカルテットの攻略の記憶だけ。
退部届までは絶対にやらねばと思っていたので、その行動は変えていない。
しかしそれ以外では結構動いてはみたのだ。
例えば黒瀬にあげたコンビニのパン。
あれを奴にやらずにしっかり拾っていったり、同じクラスのオケ部の子とお昼を食べたり。
それと一度だけ試したのが、カフェテリアで高級ランチを食べてみた事だ。
最初からランチを食べてれば、桜屋さんと皇達に絡まれないかもと思って試した。
でも結果は変わらず。
なんだかんだと理由を付けてバカが私にちょっかいを出してくる。
黒瀬と皇を除けば、ゲーム初日に起こるイベントは残る一つ。
浅神による女の子救出劇。
けれど、それはもう起こらず終いだろう。ループ構造から外れてるしね。
何故か私が水無月未名望がすべきだった役――水面のカルテットの
水無月さんは「貴方のおかげよ」なんて言ってたけど、私は断固として自分が主人公をやらされるなんてのは御免被りたい!
でも彼女の言い分を信じるならば、朝に水無月さんとぶつかってしまった時点で……。
やめたやめた!
うだうだと考えたところでどうしようもない。
行動に移るべきだ。
私はえいやっ、と水無月さんにメッセージを送った。
すると、思いがけず短い時間で返事が帰ってきた。
「私もいま学院に来てるから、放課後会いましょう」
マジか! まだ病院にいるのかと思っていた。
いやそっか、彼女だってもう何度もループしてるんだ。
私同様になにか試行錯誤していたのかもしれない。
彼女のループ開始前の言葉を思い出す。
“この因果を手に、私は新たな可能性を絶対に切り開く――あの子の為に……!”
「新たな可能性……つまりループしないルートってことでしょ?」
もしかすれば、彼女とは協力が可能かもしれない。
その協力の先に、私が平穏に暮らせる過程があるかもだ。
まずはそのために、水無月さんの目的を聞き出す必要がある。
彼女の言う、“あの子”とは一体誰のことなのだろう……?
∬
「そう、香月さんも漂流者になってしまったのね」
水無月未名望は残念そうに私を一瞥して、視線を下に落とした。
彼女の右腕はやはり骨折したまま。
アームホルダーで腕を吊り上げた姿は、見ていて痛々しく儚げだ。
放課後のカフェテリア。
水無月さんに場所を指定されて、私は彼女と話し合いの機会を設けた。
それと、やっぱりループを起こしてるのは水無月さんだった。
具体的な方法は教えてくれなかった。
けど、自分がやってる事だってすぐに認めた。
恐らくはあの言葉を起点にして、水無月さんはループを引き起こしている。
「そうなんだけど、良ければ、水無月さんの目的を教えてほしいなって」
「目的……? でも貴方がそれを聞いてどうするつもりなの?」
「いやほら、私の知ってる方法でお互いがWinーWinになれるかもだし!」
「それは……たぶん無理よ香月さん。だから貴方に私の目的を教えても……」
私の要求に、水無月さんは答えるつもりはなさそうだ。
むむむ、結構厄介そうだ。
ここは一先ず、こちらの手の内をもっと明かすしかない。
「そっか、じゃあちょっと私が独り言を言うから聞いてくれるかな?」
私は彼女に皇グッドエンドの過程を話して聞かせた。
「それで、最後には皇が父親の反対を押し切って、水無月さんと――」
「――やめて! もうそんな悲劇は――自己犠牲の話は思い出したくないの!」
言い終える前に、狼狽えた様子の水無月さんに止められてしまった。
水無月さんはどうも皇グッドエンドは経験済みのようだ。
しかし、悲劇の自己犠牲と来たか。
ならばバッドエンドならばどうだ!
ゲーム中盤での皇バッドエンドを語って聞かせると、彼女は少しは私の話を聞いてくれる気になってくれたようだった。
「そう、香月さんは本当に転生者なのね」
「そうそう! だから私に水無月さんの目的を教えてくれないかな。
それで、いまのルートへの行き方は……」
「それはもう知ってるの。
それと、香月さん――貴方のその話には続きがあるのよ」
「へ?」
続き……?
ゲームではバッドエンドだから、トロフィー回収してそれで終わりだよ?
「皇時夜はその5年後、一人の妻を娶る。
そして彼女を殊更に愛することもなく、皇財閥は世界の一大複合企業にまで成長する」
彼女は私の知らないバッドエンドの先の話をしているようだ。
喋り終えた後、水無月さんはひどく寂しそうに悲しそうに瞼を伏せた。
でも、それがどうだっていうんだろう。
何故こんなにも水無月さんは悲しそうなのか。
「え? いいじゃん。皇と結婚したくないんでしょう?」
「――そう、私はもう自己犠牲は辞めたから。
でもそれだけじゃダメなの香月さん。
それだけじゃ、私はあの子を守ってあげられない」
「……あの子……?」
しかし水無月さんは“あの子”の名を明かしてはくれない。
結局堂々巡りだ。
水無月さんの言う“あの子”が分からなければ、私にだってどうにもできない。
「教えてくれないかな水無月さん。
水無月さん言ってたよね? 私は女神様だって。
それって私のおかげで、水無月さんが行った事のないルートに、
――今に行けたって事でしょ?
だったら、やっぱり私を利用すべきって思うんだ」
「それはそうなんだけど――でも……」
まぁ私も利用するんだろうし、お互いの利益はできるだけ守ろうじゃないか。
仮にも推しの声をしてる子がこんなにも苦しんでるんだ。
苦しむ姿を見て放って置く事は、私にはできないよ。
私の説得に、水無月さんはとても悩んでいるようだった。
放課後になってもう大分時間が経つ。
採光の良いカフェテリアも、日が落ち始めた影響で茜色に染まりつつある。
最初から疎らだった人も殆どいなくなって、残っているのは私達を含め数人だけだ。
そこへ、一人の女生徒がやってきた。
目立たない子だったけれど、私はすぐに気付いた。
ゲームで名前付きのキャラクターだったからだ。
水無月さんより少し小さいくらいの身長。
決して小さくはない、けれどとても薄命そうな雰囲気をまとっている。
毛先がちょっとだけ丸まり、毛量が多いのか少し野暮ったいセミロングの黒髪。
もふもふっとした毛糸のヘアバンド。
そして朧気に揺らぐ青の瞳。
「
思わず口を滑らせて彼女の名を口にする。
水無月さんもそれで気付いたようで、天羽さんを見た。
――
ゲームではほんの少ししか登場機会が与えられていないレアキャラ。
アニメでは喋ることは無く、場面場面でひっそりと彼女が映るシーンがあるくらいだ。
水面のカルテットの女性キャラとしては珍しく。
彼女は水無月未名望にとって、全くの無害なキャラクターだった。
水面のカルテットに登場する女キャラは悪役令嬢、そしてお助けキャラの桃子女史、あとは有象無象の中立流され系のモブ――私はこれだ。
と、様々なキャラが登場するのだが、天羽文歌だけはそのどれにも分類されない。
登場頻度は少ないが、いつも
そう――私がループ中に通いつめていた図書館の書庫。
あの場所をメインにして極稀に登場するのが天羽さんだ。
他に登場するのは、オケ部の練習がない日の音楽講堂。
なんで結構詳しいのかって言えば、彼女の声は私の推しその3があてていたからね!
でも、私はそれ以外はほとんど彼女について知らない。
設定資料集でも買っていれば別だったかもだけど、私の目的はあくまでも推しの声だし。
態々嫌いなゲームの設定資料なんて買わない。
しかし――私は天羽さんを見る水無月さんの横顔で察してしまった。
だって、水無月さんの顔が余りにもうっとりと、愛に満ち溢れているんだもん。
間違いない。
水無月さんの言う“あの子”は――天羽文歌だ!
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