3 未名望のコデッタ
全く……お昼は散々な目にあった。
どういうわけか、モブである私に絡んできた皇時夜。
同じ席で食べ始めた高級ランチを私に寄越し、
「ほら、食ってみろよ」と、のたまいやがった。
まぁ完璧に無視を決め込んでやったけどね。
ほんとなんで乙女ゲーに出てくる男って無意味にオラついてんだろ。
さっぱり訳がわからないよ。
しかも取り巻きの男女にも散々からかわれるし!
あ、でもその内の一人、茶髪ゆるふわパーマの美人さん。
推しの罵りは我々の業界ではご褒美です……。甘露甘露。
しかし、今思い出しても水面のカルテットはホント女性声優に恵まれてたなぁ。
私の一推しである水無月未名望、(CV:
さすがは天下の
これだけの面子のスケジュールを確保できるのは彼女しかいない!
いや、まぁ男共の声優さんも豪華なんだけどさ……問題はキャラですよキャラ。
はぁ……これが乙女ゲーじゃなくてギャルゲーだったなら良かったのに。
「お~い香月~起きてるかー? ちょっとこれ答えてみろ」
つい考え事をしていたせいか、5限目の英語教師に当てられてしまった。
ふふん、でも今回の私は頭が良いのです!
ずれてた眼鏡をくいっと調整して華麗に回答、そして正解。
ちょっぴり悔しそうな初老の男性教師。
しかし、私が答えてすぐに授業終了の報せが届いた。
「よーし、日直~」
転入二日目にして、ノーマルに近い授業スケジュール。
この辺りはさすがは超高偏差値の統制学院って感じだ。
けど今日はそれでも加減されてるらしく、5限までで授業は打ち止め。
ホームルームもとくに何もなくさらっと終わって放課後になった。
そして、私は気になっていた事を解決すべく行動に移る。
そのためにはまず場所を変えるのが先決だ。
私はイベントの起こるスポットをできる限り思い出す。
そして学内で最もイベント発生率が低いと判断し、図書館の奥にある書庫へと向かった。
書庫には鍵がかかっているものである。
でも鍵の場所知ってるし! ちょっと借りるくらいならいいでしょ。
∬
そう、問題は――問題は水無月さんだ。
女の子を助ける。これはいい、これだけならいい。
でもあの表情はないよね? 絶対ないよね? おかしいよね? いやおかしいよ。
断言、そして断定。早くも行動は終えた。
少し埃っぽい書庫。近代推理小説全集が収められた棚の前。
私の若き灰色の脳細胞は犯人を暴き出さんとしている。
「彼女はもしかしたら、私と同じ――」
――転生者かもしれない。
だってそうでなければおかしいじゃないか。
例え小学生の女の子の命がかかっていてもだよ。
一体どこの世界に狂喜乱舞するかのように喜びすさんで、死地へ飛び込んでいく乙女ゲー主人公がいるというのだ。新選組の土方さんもびっくりの狂気っぷりだ。
私は水無月未名望へメッセージを送っていた。
まさか右腕が骨折したくらいで入院まではしないはず。
スマホを使うのはちょっと億劫かもしれないけど、我慢してもらうよ水無月さん。
返事はものの数分で来て。ピロロンっと通知音が広い書庫に響く。
やはり、彼女は……。
即座にアプリを立ち上げてメッセージを確認。
「0x0ー……電話番号か」
どうやら電話してこいという事らしい。
「ウェヒヒ。どうやら彼女は自供を始める気らしいぞワトスンくん」
思わず自重してるはずの笑い声が漏れる。
けどまぁ誰もいないからいいよね。
もちろんすぐに電話した。
コール音が鳴り始めたと思った直後に、彼女――水無月未名望が通話に出る。
「ちょっと待って――いまイヤホンしてハンズフリーにするから」
「わかった」
私が彼女に送ったメッセージ。
それはこの世界――乙女ゲーム『水面のカルテット』の
喋る分には構わないのかもしれないけど、他者に聞かれていては不味いかもしれない。
たしか未名望は大学生の姉と同居していたはず。
「お待たせ……それで、香月さん」
「――なにかなM教授」
「M教授……?」
「いやごめん、忘れて」
「えぇ……貴方の送ってきたメッセージの事だけれど……もしかしてあなた――」
しかし彼女はそこで思い留まったのか、次の句が続かない。
「――うん、お互いに思ってる事を同時に言おう水無月さん」
「……そうね、わかったわ……」
「「もしかして――」」
二人の声が被って美しいデュオを奏でる。
推しの声と自分の声が重なって、この素晴らしい音を紡ぎ出しているかと思うと心が躍る。
この世界での16年の記憶は確かだ、もはや自分の声にも慣れっこだ。
でも結構良い声してるんじゃないかなと我ながら思う。
そして、重なりあった音色が真相を暴く!
「「
うむ、なぜかなワトスンくん。
思ってたのとちょっと違わないかね。
「「え?」」
お互いに同じことを思っていたらしい。
なんか違った。
それでまたも私たち二人は美しき疑問符を奏でる。
先に切り出したのは水無月さんだった。
「テンセイシャ……? テンセイって……もしかして輪廻転生の転生の事?」
「そ、そっちこそいま、ひょーりゅうしゃ? って言ったよね? どゆこと?」
質問に質問で返す。
そして、二人共が答えを言えずに暫く黙り込んでしまった。
なにやら思っていたのと違ったから赤っ恥を晒した。
恥ずかしいのもあるけど、こっちの情報だけ無意に渡すわけには――でも推しの声の子だしちょっとくらいなら……!
「そ……転生者、私はこの世界とは違う世界から来た転生者だよ水無月さん。
わたしの世界では、この世界が舞台のゲームが売ってるんだ。
だから私はこの世界で起こることをちょっとだけ知ってる」
これは嘘だ。ちょっとじゃなくてほとんど全部知ってる。
まぁ忘れちゃってる事もあるんだけどね。
「そんな――まさか、そんな事……!」
「あり得ないって思うよね? だよね。私もそう思うけど、ほんとだから。
それで、私は素直に答えたんだけど、水無月さんのひょーりゅうしゃ?
っていうのは、なんの事なのか教えて貰えると嬉しいかな?」
「――いいわ、信じる。
そう、ゲーム……ゲームか……。
そうね、あなたの説明が真実かどうかは分からないけど……。
これから起きることについて、正確に把握していたのは事実だもの。
それに……あなたのおかげって部分もあると思うから」
ほっ……良かった。
どうやら彼女は知っていることを私にも教えてくれる気になってくれたようだ。
さすがは私の推しが声を当ててる子だ。みなもはやっぱり素直ないい子!
でも、『あなたのおかげ』ってのはよく分かんない。
私なんかしたっけ?
私が小首を傾げていると、未名望が説明を始めた。
「私は漂流者って言ったの。
そうね――転生者であるあなたに合わせて言うなら……。
私はこの世界を延々と
――こう言えば伝わるかな……?」
「は!? え? ループ!? ループってループ?」
「そう、私はもう何度も何度もこの世界を最初から繰り返してる。
ううん……正確には繰り返していた、かな?」
「ど、どゆこと?」
「だからあなたのおかげよ香月さん」
電話口でそう言って彼女は微笑う。
でもさっぱりどうして、私のおかげな理由が分からなかった。
「――私は絶対に小学生を助けることは出来なかった。
いつも必ず浅神くんが女の子を助けちゃうから。
でもね、香月さん。
あなたとぶつかったおかげで、私は今まで経験したことのない因果を得る事が出来た……。こんなのあり得なかったんだよ。
私は絶対にあの事故で傷付かない――そのはずだった」
彼女の声色が少し変わった。乾いたような笑い声が聞こえる。
「見てよ香月さん、私、骨折したんだよ?
全治2ヶ月……2ヶ月だよ香月さん!!
こんなの……香月さんは女神様だよきっと! そう、私の女神様!」
無論見て、と言われてもビデオ通話じゃないから見えない。
彼女は自分が骨折した事を、あたかも神の祝福であるかのように喜んでいるようだ。
そして私が口を挟む暇を与えずに、彼女は続けた。
「この因果を手に、私は新たな可能性を絶対に切り開く――あの子の為に……!
ごめんね香月さん、恨まないでね。
もしかしたら転生者の貴方はいなくなっちゃうかもしれないけど――」
それだけ言って、彼女は一言だけつぶやいた。
「――
彼女がその言葉を発した瞬間、世界は唐突にぐにゃりと歪む。
推理小説全集の入っていた書架が私の方へと倒れ込む。
けれど痛みはない。
「なにこれ、どうなってるの!?」
私の疑問には誰も答えてはくれない。
そして直に世界は――闇に包まれた。
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